早期アルツハイマー病を見逃さないために
「最近,言葉が出てこない」
「人の名前を忘れることが増えた」
「これは年齢のせいなのか,それともアルツハイマー病の始まりなのか」
こうした不安は,多くの人が一度は感じるものだと思います.
BrightFocus Foundation の “Zoom In on Dementia and Alzheimer’s” では,神経内科医で Toronto Memory Program のメディカルディレクターである Sharon Cohen 先生が,正常加齢と早期アルツハイマー病をどう見分けるかについて解説していました[1].
この動画の重要なメッセージは,とてもシンプルです.
一度だけのもの忘れではなく,「以前の自分と比べて変化があり,それが繰り返し起きているか」を見ることが大切,ということです[1].
「年のせい」で済ませてよいもの忘れ,済ませてはいけないもの忘れ
年齢を重ねれば,誰でも多少は言葉が出にくくなったり,人の名前を思い出すのに時間がかかったりします.
しかし,Cohen先生は,単発の失敗ではなく,変化が持続しているか,頻度が増えているか,生活に影響しているかが重要だと説明しています[1].
たとえば,たまたま歯科の予約を忘れた,というだけなら,誰にでも起こり得ます.
一方で,約束を何度も忘れる,同じ話を何度も繰り返す,財布や鍵を頻繁に探す,銀行や支払いの手続きが以前より難しくなる,といった変化が続く場合は,単なる「シニアモーメント」とは言い切れません[1].
アルツハイマー病の臨床診断基準でも,認知機能低下は単なる記憶低下だけでなく,日常生活機能の変化とあわせて評価されます[2].また,MCI,つまり軽度認知障害では,日常生活は大きく保たれていても,本人または周囲が気づく認知機能低下があり,客観的な検査でも低下が確認される状態として整理されています[3].
つまり,重要なのは,
「昔からそうだったか」ではなく,「以前のその人と比べて変わったか」
という視点です.
アルツハイマー病は「記憶」だけの病気ではない
アルツハイマー病というと,まず記憶障害を思い浮かべる人が多いと思います.もちろん,記憶は重要な症状です.
しかし,動画では,認知機能をいくつかの領域に分けて考えることが紹介されていました[1].
具体的には,記憶,言語,視空間認知,実行機能です.
言語の問題としては,言葉が出にくい,別の言葉に置き換えてしまう,言いたい単語を遠回しに説明する,といった変化があります.たとえば「椅子」と言いたいのに「座るための,木でできた,脚が4本あるもの」と説明するような状態です[1].
実行機能の低下は,少し見えにくい症状です.
たとえば,銀行で何をする予定だったか分からなくなる,支払いの手順が整理できない,不要な送金をしてしまう,判断力が落ちて詐欺や不適切な契約に巻き込まれやすくなる,といった形で現れることがあります[1].
認知症診療では,こうした複数の認知領域を評価することが大切です.記憶だけを見ていると,言語症状や視空間認知障害,実行機能障害が目立つタイプを見逃してしまう可能性があります[2,3].
性格や行動の変化も,早期のサインになり得る
動画で印象的だったのは,アルツハイマー病を「認知機能だけの病気」として見ないことです.
Cohen先生は,早期から無気力,社会的引きこもり,易怒性がみられることがあると説明しています[1].会話についていけないために集まりを避ける,自分でもうまく答えられないことにいらだち,家族に怒っているように見える,ということがあります.
さらに病気が進行すると,不安,抑うつ,昼夜逆転,徘徊,被害妄想などが出る場合もあります[1].
この点は,家族にとって非常に重要です.
認知症の人が同じ質問を繰り返したり,怒りっぽくなったりするのは,周囲を困らせようとしているからではありません.病気によって記憶や判断,感情の調整が難しくなっている結果です.
アルツハイマー病では,神経精神症状が患者さん本人の苦痛だけでなく,介護者の負担にも大きく関係することが知られています[4].だからこそ,「困った行動」としてだけ見るのではなく,その背景にある不安や混乱を理解することが大切です.
本人は気づいているのか,それとも家族が先に気づくのか
「本人は自分の変化に気づくのか」という点も,動画で詳しく取り上げられていました[1].
Cohen先生によると,早期の段階では,多くの人が自分の変化に気づいています.ただし,それを認めるのが怖かったり,家族に心配をかけたくなかったりして,口に出さないことがあります[1].
一方で,一部の人では,自分の病状を十分に認識できないことがあります.これは anosognosia,日本語では病識低下や病態失認と呼ばれます.単なる「否認」ではなく,自分の状態を客観的に把握する脳の機能が低下しているために起こる現象です[1].
アルツハイマー病における anosognosia は,臨床的にも重要な症状であり,病状の進行や介護負担とも関連することが報告されています[5].
そのため,家族が「何度言っても分かってくれない」と感じる場面でも,本人がわざと認めないのではなく,病気のために自分の変化を十分に理解できないことがあります.
家族はどう声をかければよいか
早期の変化に気づいたとき,家族が最初に悩むのは「どう伝えるか」だと思います.
動画では,厳しく指摘したり,「さっきも言ったでしょ」と責めたりするのではなく,穏やかに話題にすることが勧められていました[1].
たとえば,
最近,少しもの忘れが増えているように見えて,心配しています.一度,先生に相談してみませんか.
というように,責めるのではなく,心配していることを伝える形です.
本人が受診を拒む場合もあります.その場合,Cohen先生は,「あなたのために受診して」というよりも,「私が状況を理解して,どう支えればよいか相談したいから一緒に来てほしい」と伝える方法を紹介していました[1].
これはとても実践的です.
本人を説得しようとして正面からぶつかると,かえって関係が悪化することがあります.特に病識低下がある場合,「分からせよう」とするより,安全と信頼を守ることが優先されます.
アルツハイマー病に似て見える病気もある
もう一つ重要なのは,もの忘れの原因はすべてアルツハイマー病ではないということです[1].
動画では,正常圧水頭症,睡眠時無呼吸,甲状腺機能異常,ビタミンB12欠乏,抑うつ,不安,更年期に伴う認知症状など,アルツハイマー病に似て見える状態が話題に上がっていました[1].
正常圧水頭症は,歩行障害,尿失禁,認知機能低下を特徴とし,治療可能な認知症様症状の原因として重要です[6].また,レビー小体型認知症では,認知機能の変動,幻視,パーキンソニズム,レム睡眠行動異常などが特徴として知られています[7].
したがって,「たぶん認知症だ」と自己判断して終わるのではなく,受診して原因を調べることには意味があります.治療可能な原因が見つかることもありますし,アルツハイマー病であっても,早期に診断することで今後の治療や生活設計を考える時間が得られます.
受診すると,何を調べるのか
動画では,最初の評価は必ずしも専門医から始める必要はなく,まずはかかりつけ医でもよいと説明されていました[1].
基本的には,症状の経過を聞くこと,簡単な認知機能検査を行うこと,血液検査で甲状腺機能やビタミンB12,腎機能などを確認すること,必要に応じて頭部MRIやCTで脳卒中や腫瘍などを除外することが初期評価になります[1].
近年は,アルツハイマー病の診断において血液バイオマーカーが急速に発展しています.特に血漿 p-tau217 は,アルツハイマー病理を反映する有望なバイオマーカーとして注目されています[8,9].
ただし,血液検査は万能ではありません.アルツハイマー病協会の適正使用推奨では,血液バイオマーカーは有望である一方,臨床での使用には慎重な導入が必要であり,必要に応じて脳脊髄液検査やPETなどによる確認も考慮されます[8].また,米国FDAが2025年に承認した血液検査も,症状のある55歳以上の人を対象とした補助的検査であり,無症状者へのスクリーニングや単独診断を目的としたものではありません[10].
つまり,血液検査だけで診断が完結するというより,症状,診察,認知機能検査,画像検査,バイオマーカーを組み合わせて判断する時代になっていると考えるのがよいと思います.
若年発症では,症状の出方が違うことがある
Cohen先生は,65歳未満で発症する若年発症アルツハイマー病では,高齢発症とは異なる症状が目立つことがあるとも説明していました[1].
高齢発症では記憶障害が中心になりやすい一方,若年発症では,視空間認知障害,言語障害,行動変化などが前景に立つことがあります[1].
そのため,仕事上のミス,地図が読みにくい,階段や衣服の扱いが難しい,言葉が出ない,性格が変わった,といった症状が「ストレス」や「うつ」だけで説明されてしまい,診断が遅れることがあります.
この点は,社会的にも大切です.
若年発症の人は,まだ仕事や子育て,家計を担っていることが多く,診断の遅れが本人と家族の生活に大きな影響を与えます.
まとめ
この動画から受け取れる一番大切なメッセージは,もの忘れを過剰に恐れる必要はないけれど,「以前の自分からの変化」を軽視しないことです.
一度のもの忘れだけでアルツハイマー病を疑う必要はありません.
しかし,同じ話を繰り返す,予定を何度も忘れる,言葉が出にくい,判断や段取りが難しくなる,性格や行動が変わる,こうした変化が持続する場合は,一度相談してよいサインです.
早く受診することは,怖い診断を受けに行くことだけを意味しません.
治療可能な原因を見つけること,今できる対策を考えること,家族が本人をどう支えるかを学ぶこと,そして必要であれば新しい治療の選択肢を検討することにつながります.
認知症の診療で大切なのは,病名だけではありません.
その人が何に困っているのか,何がまだできるのか,どのように尊厳を保ちながら暮らしていくのかを,周囲が一緒に考えることです.
「年のせいかもしれない」と思う変化の中に,早く気づくことで支えられるものがあるかもしれません.
参考文献
1.BrightFocus Foundation. Is It Alzheimer’s? Recognizing Early Signs and Symptoms. Zoom In on Dementia and Alzheimer’s.
2.McKhann GM, Knopman DS, Chertkow H, et al. The diagnosis of dementia due to Alzheimer’s disease: recommendations from the National Institute on Aging-Alzheimer’s Association workgroups on diagnostic guidelines for Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement. 2011;7(3):263-269. PMID: 21514250.
3.Albert MS, DeKosky ST, Dickson D, et al. The diagnosis of mild cognitive impairment due to Alzheimer’s disease: recommendations from the National Institute on Aging-Alzheimer’s Association workgroups on diagnostic guidelines for Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement. 2011;7(3):270-279. PMID: 21514249.
4.Lyketsos CG, Carrillo MC, Ryan JM, et al. Neuropsychiatric symptoms in Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement. 2011;7(5):532-539. PMID: 21889116.
5.Andrade K, Pacella V. The unique role of anosognosia in the clinical progression of Alzheimer’s disease: a disorder-network perspective. Commun Biol. 2024;7:1364. PMID: 39448784.
6.Oliveira LM, Nitrini R, Roman GC. Normal-pressure hydrocephalus: A critical review. Dement Neuropsychol. 2019;13(2):133-143. PMID: 31285787.
7.McKeith IG, Boeve BF, Dickson DW, et al. Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies: Fourth consensus report of the DLB Consortium. Neurology. 2017;89(1):88-100. PMID: 28592453.
8.Hansson O, Edelmayer RM, Boxer AL, et al. The Alzheimer’s Association appropriate use recommendations for blood biomarkers in Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement. 2022;18(12):2669-2686. PMID: 35908251.
9.Ashton NJ, Brum WS, Di Molfetta G, et al. Diagnostic accuracy of a plasma phosphorylated tau 217 immunoassay for Alzheimer disease pathology. JAMA Neurol. 2024;81(3):255-263. PMID: 38265856.
10.U.S. Food and Drug Administration. FDA Clears First Blood Test Used in Diagnosing Alzheimer’s Disease. 2025年5月16日.