家族性アルツハイマー病の長期研究から見えてきたこと

アルツハイマー病の治療は,ここ数年で大きく変わってきました.

レカネマブやドナネマブのように,脳にたまるアミロイドを減らす薬が登場し,早期アルツハイマー病の進行を遅らせることが示されています.

ただ,まだ大きな疑問があります.

症状が出てから治療するのではなく,症状が出る前に治療したら,アルツハイマー病の発症を遅らせることはできるのか.

今回の論文は,この問いにかなり近づいた研究です.
2025年に The Lancet Neurology に掲載されたDIAN-TU研究の延長試験では,家族性アルツハイマー病を起こす遺伝子変異を持つ人に,抗アミロイド抗体薬 gantenerumab を長期間投与し,アミロイドの除去と症状の出方を調べました[1].

どんな人たちを調べたのか

この研究の対象は,常染色体優性遺伝性アルツハイマー病という,まれなタイプのアルツハイマー病の家系の人たちです.

少し難しい名前ですが,簡単に言うと,APP,PSEN1,PSEN2などの遺伝子変異によって,比較的若い年齢でアルツハイマー病を発症しやすい人たちです.

このタイプのアルツハイマー病では,家族内で発症年齢がある程度予測できます.
そのため,「症状が出る前」から脳の変化を追いやすいという特徴があります.

今回の延長試験では,DIAN-TU-001という先行試験に参加していた人たちが対象になりました.もとの試験は,発症予測年齢の15年前から10年後までの人を対象に,solanezumabまたはgantenerumabを評価した国際共同試験でした[1,2].この試験は18施設で行われ,その後,gantenerumabの3年間の非盲検延長試験が行われました[1].

何をした研究なのか

この研究では,参加者全員がgantenerumabを受けました.
Gantenerumabは,脳にたまるアミロイドを減らすことを目的とした抗体薬です.投与は皮下注射で,最大 1500 mgを2週間ごと に使う設計でした[1].

延長試験に登録されたのは 74人 で,実際に治療を受けたのは 73人 でした.ただし,試験は途中で早期終了され,3年間の治療を最後まで完了できたのは 13人 でした.

ここはとても大切です.
この研究は,きれいに最後まで完遂された大規模試験ではありません.途中終了があり,人数も限られています.

そのため,結果は「完全な証明」ではなく,発症前治療の可能性を示した重要な手がかりとして読む必要があります.

アミロイドはしっかり減った

まず,この薬が狙った標的であるアミロイドは,かなりはっきり減りました.

3年後の評価では,アミロイドPETの指標であるPiB-PET SUVRが,平均で −0.71 低下しました.95%信頼区間は −0.88〜−0.53,p値は 0.0001未満 でした[1].

これは,長期間・高用量で治療すると,gantenerumabが脳内アミロイドを大きく減らせることを示しています.

ただし,アルツハイマー病治療で本当に知りたいのは,アミロイドが減ったかだけではありません.
大事なのは,症状が出るのを遅らせられるかです.

症状が出るのを遅らせた可能性がある

この研究で注目されたのは,まだ症状が出ていない遺伝子変異保有者で,その後の認知機能低下や症状の出現がどうなるかです.

中間解析では,gantenerumabを受けた無症状の変異保有者で,CDR-SBという認知・生活機能の指標による臨床的低下のハザード比は 0.79 でした.対象は 53人,95%信頼区間は 0.47〜1.32 です.

さらに,最も長くgantenerumabを受けた人たちでは,ハザード比は 0.53 でした.対象は 22人,95%信頼区間は 0.27〜1.03 です.

ハザード比0.53というのは,簡単に言うと,症状が進むリスクが低い方向に見えたということです.ただし,信頼区間が1をわずかにまたいでいるため,統計学的に完全に証明されたとは言えません.

それでも,長く治療を受けた人ほど,症状の出現が遅れる可能性が見えたことは,非常に重要です.Alzheimer Europeの解説でも,長期間gantenerumabを受けた一部の認知機能正常な参加者では,症状発症リスクがほぼ100%から約50%に下がった可能性があると紹介されています[3].

つまり,何が新しいのか

この研究のポイントは,薬の名前そのものではありません.
Gantenerumabは,すでに開発が中止されています.

それでも,この研究が重要なのは,次のことを示したからです.

症状が出るかなり前からアミロイドを十分に減らし続けると,アルツハイマー病の発症を遅らせられるかもしれない.

これまでの抗アミロイド薬の研究では,症状がすでにある人を対象にすることが多くありました.しかし,症状が出た時点では,タウや神経変性など,アミロイド以外の変化もかなり進んでいる可能性があります.

その段階でアミロイドを取り除いても,病気の流れを完全に止めるのは難しいかもしれません.

一方,症状が出る前に,長い時間をかけてアミロイドを減らせば,その後の病理の連鎖を遅らせられる可能性があります.

この研究は,その考え方を支持する大事なデータです.

ただし,副作用も多かった

一方で,安全性の問題も無視できません.

抗アミロイド抗体薬では,ARIAというMRI上の異常が問題になります.ARIAには,脳のむくみや微小出血などが含まれます.無症状のこともありますが,まれに重篤になることがあります.

今回の延長試験では,ARIAは 73人中39人,53% にみられました.内訳は,微小出血が 34人,47%,浮腫が 22人,30%,症状を伴うARIAが 5人,6% でした.一方で,治療関連の大出血や死亡は報告されませんでした.

この数字を見ると,発症前治療の難しさが分かります.

すでに症状がある人に対しては,「進行を遅らせる効果」と「副作用リスク」を比較して治療を考えます.
しかし,まだ症状がない人に薬を使う場合,安全性のハードルはさらに高くなります.

今は元気に生活している人に,長期間薬を使うわけです.
そのため,副作用が少なく,通院や検査の負担も少なく,十分な説明と納得が必要になります.

この結果は,全員に当てはまるわけではない

ここも大切です.

今回の対象は,まれな家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を持つ人たちです.
多くの高齢発症アルツハイマー病とは,発症年齢や遺伝的背景が異なります.

そのため,この研究結果をそのまま一般的なアルツハイマー病全体に当てはめることはできません.

ただし,この家族性アルツハイマー病の研究は,アルツハイマー病が症状の出るずっと前から進んでいることを理解するうえで,非常に大切です.

「発症前に治療する」という考え方を検証するには,発症時期がある程度予測できるこの集団がとても重要だからです.

まとめ

この論文は,アルツハイマー病治療の未来を考えるうえで,とても示唆的です.

ポイントは,以下の4つです.

まず,長期・高用量のgantenerumab治療で,脳内アミロイドは大きく減りました.

次に,症状がまだ出ていない遺伝子変異保有者では,長く治療を受けた人ほど,症状の出現が遅れる可能性が示されました.

一方で,ARIAは半数以上にみられ,安全性の課題は大きく残りました.

そして,対象はまれな家族性アルツハイマー病であり,一般的なアルツハイマー病にそのまま当てはめることはできません.

つまり,この研究は「アルツハイマー病を予防できる薬ができた」と言うものではありません.
しかし,症状が出る前に病理を捉え,早くから介入すれば,発症を遅らせられるかもしれないという考え方を支える重要な研究です.

アルツハイマー病治療は,これまで「症状が出てから進行を遅らせる」ことを目指してきました.
これからは,「症状が出る前に,どこまで介入できるか」が大きなテーマになるかもしれません.

この論文は,その未来を考えるうえで,非常に重要な一歩だと思います.


参考文献

1.Bateman RJ, Li Y, McDade EM, Llibre-Guerra JJ, Clifford DB, Atri A, et al.; Dominantly Inherited Alzheimer’s Disease–Trials Unit. Safety and efficacy of long-term gantenerumab treatment in dominantly inherited Alzheimer’s disease: an open-label extension of the phase 2/3 multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled platform DIAN-TU trial. Lancet Neurol. 2025;24(4):316-330. doi:10.1016/S1474-4422(25)00024-9. PMID: 40120616.

2.Salloway S, Farlow M, McDade E, Clifford DB, Wang G, Llibre-Guerra JJ, et al.; Dominantly Inherited Alzheimer Network–Trials Unit. A trial of gantenerumab or solanezumab in dominantly inherited Alzheimer’s disease. Nat Med. 2021;27(7):1187-1196. doi:10.1038/s41591-021-01369-8. PMID: 34155411.

3.Alzheimer Europe. DIAN-TU publication in Lancet Neurology shows that amyloid plaque removal could help delay dementia onset in people with dominantly inherited AD. 2025年3月19日.