アルツハイマー病というと,アミロイドβやタウが脳にたまり,神経細胞が傷つき,少しずつ認知機能が低下していく病気,というイメージがあると思います.

もちろん,これは間違いではありません.

しかし,実際のアルツハイマー病は,それほど単純ではありません.

同じようにアミロイドやタウがたまっていても,認知機能が大きく低下する人もいれば,比較的保たれる人もいます.

また,うつ症状や不安,興奮などの精神症状が目立つ人もいれば,ほとんどみられない人もいます.

つまり,同じ「アルツハイマー病」という診断であっても,その現れ方にはかなり大きな個人差があります.

では,この違いはどこから生まれるのでしょうか.

今回紹介するのは,2026年9月23日にNature Medicineにオンライン掲載された,

“AI-based characterization of Alzheimer's disease phenotypes from population-scale single-cell data”

という論文です.

PubMedにも収載されており,PMIDは42778763です.

この研究では,アルツハイマー病の脳を単純に「患者」と「健常者」に分けるのではなく,一人ひとりで異なる認知機能や病理,精神症状を,脳を構成する細胞一つひとつの違いから理解しようとしています.

600万個を超える細胞を調べる

今回の研究で使用されたのは,PsychADという大規模な脳研究プロジェクトのデータです.

PsychADでは,1,494人の死後脳から採取された630万個以上の細胞核について,single-nucleus RNA sequencing(snRNA-seq)が行われています.

解析したのは主に背外側前頭前皮質(dorsolateral prefrontal cortex)です.

single-nucleus RNA sequencingとは,簡単にいうと,

「一つひとつの細胞で,どの遺伝子がどの程度働いているのかを見る技術」

です.

従来の脳組織の解析では,たくさんの細胞をまとめて測定するため,得られる情報はいわば「平均値」でした.

しかし,脳には神経細胞だけが存在するわけではありません.

ミクログリア,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど,さまざまな細胞があります.

さらに,同じ「ミクログリア」という種類の細胞であっても,すべてのミクログリアが同じ状態にあるわけではありません.

病気に反応している細胞もあれば,比較的通常の状態を保っている細胞もあります.

single-cell解析を使えば,こうした細かな違いまで調べることができます.

2019年にNatureに報告された代表的なsingle-cell研究では,48人の脳から約8万個の細胞核が解析され,アルツハイマー病に伴う遺伝子発現変化が細胞の種類ごとに大きく異なることが示されました.

それからわずか数年で,今回の研究では解析対象が600万細胞以上にまで拡大しています.

AIを使って「どの細胞が,どの症状と関係するのか」を探す

しかし,600万個もの細胞があっても,データが大きいだけでは意味がありません.

重要なのは,

どの細胞が,アルツハイマー病のどの特徴と結びついているのか

を見つけることです.

そこで研究チームは,PASCode(Phenotype Associated Single Cell encoder)という新しい解析手法を開発しました.

PASCodeは,複数の統計学的手法を組み合わせ,さらにgraph neural networkを用いることで,一つひとつの細胞が特定のphenotypeとどの程度関連しているかを評価する仕組みです.

ここでいうphenotypeとは,単なる「アルツハイマー病である/ない」だけではありません.

病理の進行度,認知機能が保たれているかどうか,うつ症状などの神経精神症状まで含まれています.

詳細なアルツハイマー病関連情報が得られていた584人について解析したところ,研究チームは約150万個のphenotype-associated cells(PACs)を同定しました.

さらに,それらを27種類の脳細胞subclassに分けて検討しました.

同じミクログリアでも,アルツハイマー病との関わり方は違う

まず見つかったのが,アルツハイマー病病理と関連する特定のミクログリアsubpopulationです.

ミクログリアは脳の免疫を担う細胞であり,アルツハイマー病との関連は以前から注目されてきました.

ただし,今回の研究が示しているのは,

「アルツハイマー病ではミクログリアが増える」

という単純な話ではありません.

同じミクログリアの中でも,アルツハイマー病病理との関連が強い状態と,そうではない状態があることが示されました.

これは,将来的な治療を考えるうえでも重要です.

「ミクログリアを抑える」のではなく,

どのような状態のミクログリアを調節するのか

まで考える必要があるかもしれないからです.

病理があっても認知機能が保たれる人

今回の研究で,特に興味深いのがcognitive resilienceの解析です.

cognitive resilienceとは,

アルツハイマー病病理が存在するにもかかわらず,認知機能が比較的保たれている状態

を指します.

実際,高齢者の脳を調べると,アミロイドやタウがかなり蓄積しているにもかかわらず,生前には明らかな認知症を呈していなかった人が存在します.

なぜ,同じ程度の病理があっても,症状が出やすい人と出にくい人がいるのでしょうか.

これは現在のアルツハイマー病研究における大きなテーマの一つです.

今回の研究では,病理があるにもかかわらず認知機能が保たれている人と,認知症を呈している人を比較しました.

その結果,神経細胞だけでなく,reactive astrocyte(反応性アストロサイト)の特定のsubtypeにも違いがみられました.

アストロサイトは,かつては主に神経細胞を支える細胞と考えられていました.

しかし現在では,神経炎症,代謝,シナプス機能など,多くの役割を担っていることが分かっています.

今回の解析では,アストロサイトのsubtypeによって,神経保護に関係すると考えられる遺伝子と,逆に神経障害に関係する遺伝子の発現パターンが異なっていました.

例えば,Astro_PLSCR1というsubtypeでは,認知機能が保たれた群でEMP1の発現上昇がみられました.

ただし,EMP1が実際にアルツハイマー病に対する抵抗性を生み出していると証明されたわけではありません.

研究者らも,こうした結果をcognitive resilienceの背景にある候補mechanismとして位置づけています.

神経細胞では,ミトコンドリアと「興奮と抑制のバランス」に違い

認知機能が低下しているアルツハイマー病患者では,神経細胞にも特徴的な変化がみられました.

特に注目されたのが,

ミトコンドリア機能の異常

と,

興奮性・抑制性神経活動のバランス(excitatory/inhibitory balance)の乱れ

です.

認知症を呈している群では,ミトコンドリア転写を抑制するMTERF1をはじめ,GPC4,PIP5K1A,KCNB2,KCND2,ADCY2,CBLN2などの遺伝子に特徴的な変化が認められました.

これは興味深い結果です.

アルツハイマー病というと,どうしても「アミロイド」や「タウ」に目が向きます.

しかし,実際に私たちの記憶や思考を支えているのは,神経細胞同士がつくる神経回路です.

同じ程度のアミロイドやタウが存在していても,

その中で神経細胞がどの程度正常にエネルギーを作れるのか.

神経回路の興奮と抑制のバランスをどの程度保てるのか.

そうした違いが,実際に認知症として症状が現れるかどうかに関係している可能性があります.

アルツハイマー病とうつにも,共通する細胞変化がある?

さらに研究チームは,認知機能だけでなく,神経精神症状についても解析しています.

アルツハイマー病にうつ症状を伴う人では,特定のアストロサイトに,

炎症

や,

小胞体ストレス(endoplasmic reticulum stress)

に関係する特徴的な遺伝子発現パターンがみられました.

さらに,これらの結果の一部はmajor depressive disorderの外部データでも検証されました.

もちろん,

「アルツハイマー病のうつ症状はこのアストロサイトが原因である」

と結論づけることはできません.

しかし,アルツハイマー病に精神症状が「たまたま合併している」と考えるだけでは説明できない,細胞レベルの共通した変化が存在する可能性を示しています.

この研究の何が新しいのか

この論文で最も面白いのは,アルツハイマー病を一つの病気として平均化しなかったことだと思います.

これまでの研究では,

「アルツハイマー病の脳と,そうでない脳では何が違うのか」

という問いが中心でした.

もちろん,これは非常に重要な問いです.

しかし,本当に知りたいことはそれだけではありません.

なぜ,同じアルツハイマー病でも進行が速い人と遅い人がいるのか.

なぜ,同じ程度の病理があっても,認知機能を維持できる人がいるのか.

なぜ,うつや興奮などの症状が強く出る人と,そうではない人がいるのか.

今回の研究では,こうした**「アルツハイマー病患者の中にある違い」**を,細胞一つひとつの状態から捉えようとしています.

アルツハイマー病研究が,

「AD vs 健常者」

という比較から,

「同じADの中で,なぜ人によって違うのか」

という段階へ進みつつあることを象徴する研究だと思います.

ただし,「AIがアルツハイマー病の原因を発見した」わけではない

今回の論文は非常に大規模で,新しい解析手法も用いられています.

一方で,結果を解釈するときにはいくつか注意が必要です.

まず,解析対象は死後脳です.

したがって,

「この細胞状態になったから認知機能が低下した」

のか,

「認知症が進行した結果としてこの細胞状態になった」

のかを区別することはできません.

関連を示した研究であり,因果関係を証明した研究ではありません.

また,中心となる解析部位は背外側前頭前皮質です.

アルツハイマー病では海馬や内側側頭葉をはじめ,さまざまな脳領域が関与します.

今回見つかった細胞状態が,別の脳領域でも同じようにみられるとは限りません.

さらに,PASCodeはgraph neural networkを含む高度なcomputational frameworkです.

AIが未知の細胞を自動的に「発見した」というよりも,

膨大なsingle-cell dataの中から,あるphenotypeと関連している可能性の高い細胞を抽出するためにAIを利用した

と考える方が正確です.

研究チームは外部のpopulation-scale datasetでも結果を検証していますが,最終的には実験的な機能解析が必要です.

アミロイドとタウの「その先」へ

近年,アルツハイマー病研究は急速に進んでいます.

血液バイオマーカーによってアミロイドやタウをかなり正確に捉えられるようになり,抗アミロイドβ抗体によって病理そのものを変化させることも可能になりました.

その一方で,アミロイドやタウだけでは説明できない問題も,よりはっきりしてきています.

同じ程度の病理があるのに,なぜ症状が違うのか.

同じ病理があるのに,なぜ何年も認知機能を維持できる人がいるのか.

今回の研究は,その答えの一部が,

「どの細胞が存在するか」だけではなく,「その細胞がどのような状態にあるか」

にある可能性を示しています.

将来,こうした細胞状態を生きている患者さんでも推定できるバイオマーカーが開発されれば,アルツハイマー病をもっと個別に理解できるようになるかもしれません.

そして治療も,

アミロイドを減らす.

タウを抑える.

というだけでなく,

どの患者さんで,どの細胞反応が強いのか.

どの経路が認知機能低下につながっているのか.

どのような細胞状態なら,病理があっても認知機能を維持できるのか.

という方向へ広がっていく可能性があります.

アルツハイマー病は,一つの病名です.

しかし,その脳の中で起きていることは,一人ひとり同じではありません.

600万個を超える細胞を解析した今回の研究は,アルツハイマー病の複雑さを改めて示しました.

そして同時に,

「なぜ,同じ病理があってもこの人とあの人では違うのか」

という,これまで臨床で何度も感じてきた疑問を,細胞レベルから解き明かす入り口を示した研究なのかもしれません.

参考文献

1.He C, Li AZ, Hanthanan Arachchilage K, et al. AI-based characterization of Alzheimer's disease phenotypes from population-scale single-cell data. Nature Medicine. 2026. Published online September 23, 2026. doi:10.1038/s41591-025-04128-1. PMID: 42778763.

2.Fullard JF, Prashant NM, Lee D, et al. Population-scale cross-disorder atlas of the human prefrontal cortex at single-cell resolution. Scientific Data. 2025;12:954. doi:10.1038/s41597-025-04687-5. PMID: 40480991.

3.Neuner SM, Telpoukhovskaia M, Menon V, et al. Translational approaches to understanding resilience to Alzheimer's disease. Trends in Neurosciences. 2022;45(5):369-383. doi:10.1016/j.tins.2022.02.005. PMID: 35307206.

4.Mathys H, Davila-Velderrain J, Peng Z, et al. Single-cell transcriptomic analysis of Alzheimer's disease. Nature. 2019;570(7761):332-337. doi:10.1038/s41586-019-1195-2. PMID: 31042697.