TREM2作動性抗体AL002の第2相試験から考えること

アルツハイマー病の治療開発は,いま大きく広がっています.

これまでは,アミロイドβやタウが中心的な標的でした.実際,レカネマブやドナネマブのような抗アミロイド抗体薬は,早期アルツハイマー病の進行を遅らせることを示し,疾患修飾薬の時代を開きました.

しかし,アルツハイマー病はアミロイドとタウだけで説明できる病気ではありません.
脳内の免疫細胞であるミクログリア,神経炎症,シナプス障害,血管因子,代謝など,多くの仕組みが関わっています.

その中で注目されてきたのが,TREM2です.

2026年3月に Nature Medicine に掲載された論文 “The TREM2 agonistic antibody AL002 in early Alzheimer’s disease: a phase 2 randomized trial” は,TREM2を標的にした抗体薬 AL002 を早期アルツハイマー病患者で検証した第2相試験です[1].

結論から言うと,この試験は主要評価項目を達成しませんでした.
つまり,AL002はプラセボと比べて,CDR-SBで評価した臨床的進行を有意には抑制できませんでした[1].

それでも,この論文はとても重要です.
なぜなら,アルツハイマー病において「ミクログリアを治療標的にする」という考え方を,ヒトで本格的に検証した最初期の重要試験だからです.

TREM2とは何か

TREM2は,主にミクログリアなどの骨髄系細胞に発現する受容体です.

ミクログリアは,脳内の免疫細胞です.老廃物を処理したり,シナプス環境を調整したり,損傷に反応したりします.アルツハイマー病では,アミロイド斑の周囲にミクログリアが集まり,病理に対する防御反応にも,炎症反応にも関わっていると考えられています.

TREM2が注目された大きな理由の一つは,TREM2遺伝子変異がアルツハイマー病リスクと関連することが報告されたことです.2013年,NEJMに掲載された2本の研究で,TREM2のまれな変異がアルツハイマー病リスクを高めることが示されました[2,3].

そこから,TREM2は「ミクログリアをどう働かせるか」を考えるうえで,重要な分子として注目されてきました.

大まかに言えば,TREM2は,ミクログリアがアミロイド斑に反応し,周囲に集まり,病理を処理しようとする過程に関係します.そのため,TREM2を刺激すれば,ミクログリアの保護的な働きを高め,アルツハイマー病の進行を抑えられるのではないか,という仮説が生まれました.

AL002とは何か

AL002は,TREM2を刺激するように設計されたヒト化モノクローナル抗体です.

前臨床研究や第1相試験では,AL002がTREM2経路に作用し,ミクログリア関連の薬力学的変化を起こすことが示されていました[4].このため,次の段階として,実際に早期アルツハイマー病患者で臨床的効果があるかを検証する第2相試験が行われました.

今回の Nature Medicine 論文では,早期アルツハイマー病の381人が登録され,AL002 15 mg/kg,40 mg/kg,60 mg/kg,またはプラセボに1:1:1:1でランダム化されました.投与は4週間ごとの静脈内投与で,48〜96週間行われました[1].

つまり,この試験は,TREM2を刺激することで早期アルツハイマー病の臨床的進行を遅らせられるかを検証した試験です.

結果:標的には作用したが,臨床効果は示せなかった

この論文のポイントは,薬は標的に作用していたという点です.

AL002は,中枢神経系で持続的なtarget engagementを示しました.具体的には,脳脊髄液中の可溶性TREM2が低下し,osteopontinが上昇するなど,TREM2経路に関連する薬力学的反応が確認されました.

つまり,薬が体内に入ったが何も起こらなかった,というわけではありません.
生物学的には,TREM2経路を動かしていました.

しかし,臨床的には主要評価項目を達成できませんでした.
主要評価項目は,CDR-SBのベースラインからの変化でしたが,96週時点でいずれの用量もプラセボに対して有意な差を示しませんでした.

これは,アルツハイマー病治療開発でとても重要な教訓を与えます.

標的に作用することと,患者さんの臨床的進行を遅らせることは,同じではないということです.

バイオマーカーが動く.
薬力学的反応が出る.
しかし,認知機能や日常生活機能の進行は変わらない.

このような結果は,神経変性疾患の治療開発では珍しくありません.だからこそ,バイオマーカーと臨床アウトカムの関係を慎重に見なければなりません.

なぜ効かなかったのか

この論文だけで,なぜAL002が臨床効果を示さなかったのかを断定することはできません.
ただ,いくつかの可能性は考えられます.

第一に,TREM2を刺激するタイミングの問題です.
ミクログリアの働きは,病期によって変わる可能性があります.ある時期には保護的に働き,別の時期には炎症や病理拡大に関わるかもしれません.早期ADといっても,すでにアミロイド,タウ,神経炎症,神経変性が進んでいる人が含まれます.TREM2刺激が有効な病期は,もっと早いのか,あるいはもっと限定された集団なのかもしれません.

第二に,ミクログリアを活性化すればよい,という単純な話ではないことです.
ミクログリアは,病理を処理する保護的な側面もありますが,過剰な炎症や神経障害に関わる側面もあります.したがって,「TREM2を刺激する=よい反応」とは限りません.どの状態のミクログリアを,どの程度,どの方向に動かすかが重要です.

第三に,下流の病態がすでに進みすぎている可能性です.
仮にアミロイド周囲のミクログリア反応を変えられても,タウ病理や神経変性,シナプス障害が進行している場合,臨床的な変化として見えるほどの効果が出ない可能性があります.

第四に,用量や安全性の制約です.
AL002では,MRI上のARIA様変化が最も頻度の高い治療関連有害事象として報告されています.免疫系に作用する治療では,効果を高めようとすると安全性の問題が出る可能性があります.

ARIA様変化が示すもの

この試験では,最も頻度の高い治療下有害事象として,ARIAに似たMRI変化が報告されました.

ARIAは,抗アミロイド抗体薬でよく知られる副作用です.脳浮腫や微小出血などのMRI変化として見られ,無症候性のこともありますが,まれに重篤化します.

興味深いのは,AL002は抗アミロイド抗体薬そのものではなく,TREM2を刺激する抗体であるにもかかわらず,ARIA様変化が目立ったことです.

これは,ミクログリアや神経免疫を動かす治療でも,アミロイド周囲の血管・炎症・免疫反応に影響し,ARIA様の変化が起こり得ることを示唆します.

つまり,今後のAD-DMTでは,抗アミロイド抗体薬だけでなく,免疫標的治療においてもMRIモニタリングや安全性評価が重要になる可能性があります.

ネガティブ試験の価値

この研究は,臨床的にはネガティブです.
しかし,ネガティブ試験には大きな価値があります.

薬が効かなかったという結果は,失敗ではなく,病態理解を深めるデータです.
特に今回の試験では,AL002がTREM2経路に作用していたにもかかわらず,臨床効果が出なかったことが重要です.

これは,今後の研究に対して,次の問いを投げかけます.

TREM2刺激は,どの病期で有効なのか.
TREM2を刺激すべき患者集団は,どのように選ぶべきなのか.
TREM2経路のバイオマーカーは,臨床効果をどの程度予測できるのか.
ミクログリアを「活性化」するのではなく,「望ましい状態に再プログラムする」ことが必要なのか.
免疫標的治療でARIA様変化をどう管理すべきなのか.

こうした問いは,アルツハイマー病治療を次の段階へ進めるうえで非常に重要です.

アルツハイマー病治療は,アミロイドの先へ進む

レカネマブやドナネマブの登場によって,アミロイド除去が臨床的進行を遅らせることは示されました.しかし,その効果は限定的であり,すべての患者さんに十分な効果があるわけではありません.

そのため,次の治療開発では,タウ,神経炎症,ミクログリア,シナプス,血管,代謝など,複数の病態を標的にする必要があります.

TREM2を標的にしたAL002の試験は,その流れの中にあります.
結果はネガティブでしたが,この試験は,「アルツハイマー病の免疫標的治療は簡単ではない」という重要な現実を示しました.

同時に,ミクログリアを治療標的にする研究の必要性がなくなったわけではありません.むしろ,より精密な病期選択,患者選択,バイオマーカー設計,安全性管理が必要であることを教えてくれます.

まとめ

2026年の Nature Medicine 論文は,TREM2作動性抗体AL002を早期アルツハイマー病で検証した第2相ランダム化試験です[1].

AL002は中枢神経系で標的に作用し,TREM2経路に関連する薬力学的反応を示しました.しかし,主要評価項目であるCDR-SBの変化では,プラセボに対する有意な改善を示せませんでした.また,ARIA様MRI変化が重要な安全性所見として報告されました.

この論文が教えてくれるのは,
ミクログリアを動かすことはできても,それがそのまま臨床効果につながるとは限らない
ということです.

アルツハイマー病治療は,アミロイド除去の時代から,タウ,炎症,免疫,神経保護を含む複合的な治療開発へ進んでいます.その中で,TREM2は依然として重要な標的です.

ただし,今回の結果は,免疫を刺激すればよいという単純な話ではないことを示しています.
どの患者に,どの時期に,どの程度,どの方向へミクログリアを動かすのか.

この問いに答えることが,次世代のアルツハイマー病治療に必要なのだと思います.


参考文献

1.Mummery CJ, Mayorga AJ, Simmons A, et al. The TREM2 agonistic antibody AL002 in early Alzheimer’s disease: a phase 2 randomized trial. Nature Medicine. 2026. doi:10.1038/s41591-026-04273-1. PMID: 41787076.
早期アルツハイマー病381人を対象に,TREM2作動性抗体AL002を4週間ごとに投与した第2相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験です.AL002は中枢神経系で標的 engagement と薬力学的反応を示しましたが,CDR-SBの変化という主要評価項目は達成しませんでした.

2.Guerreiro R, Wojtas A, Bras J, et al. TREM2 variants in Alzheimer’s disease. N Engl J Med. 2013;368:117-127. PMID: 23150934.
TREM2変異がアルツハイマー病リスクと関連することを示した代表的研究です.

3.Jonsson T, Stefansson H, Steinberg S, et al. Variant of TREM2 associated with the risk of Alzheimer’s disease. N Engl J Med. 2013;368:107-116. PMID: 23150908.
TREM2 R47H変異がアルツハイマー病リスクと関連することを示した研究です.

4.Long H, Simmons A, Mayorga A, et al. Preclinical and first-in-human evaluation of AL002, a novel TREM2 agonistic antibody for Alzheimer’s disease. Alzheimer’s Research & Therapy. 2024;16:235.
AL002の前臨床および第1相試験を報告した論文です.TREM2経路への作用と,その後の臨床開発の根拠が示されています.