アルツハイマー病というと,アミロイドβとタウがよく知られています.
アミロイドβがたまり,その後にタウが広がり,神経細胞が傷ついていく.
そのような流れとして,アルツハイマー病は説明されることが多いです.
でも,タウをもう少し詳しく見ると,話は単純ではありません.
タウは,ただ「たまる」だけのタンパク質ではありません.
作られ,切断され,リン酸化され,細胞外に出て,脳脊髄液や血液中に現れます.
そして,病気の進行に伴って,その形や量,動き方が変わっていきます.
今回取り上げたいのは,アルツハイマー病やタウオパチーを,タウの「量」だけでなく,タウの「動き」と「形」から理解しようとしている研究です.
代表的な論文は,2018年にNeuronに発表された “Tau Kinetics in Neurons and the Human Central Nervous System” です[1].
この論文は,タウがヒトの中枢神経系でどのように産生され,どのくらいの速さで入れ替わっているのかを直接測ろうとした研究です.
ここで使われたのが,stable isotope labeling kinetics,SILKという方法です.
簡単に言うと,安定同位体で標識したアミノ酸を体内に取り込ませ,その標識がタウタンパク質にどのように入っていくかを質量分析で追跡する方法です.
これにより,タウがどのくらいの速さで作られ,どのくらいの速さで消えていくのかを調べることができます.
この研究が面白いのは,タウを静的なバイオマーカーとしてではなく,動的な分子として見ている点です.
通常,脳脊髄液中のtotal tauやphosphorylated tauを測るとき,私たちは「濃度」を見ています.
どのくらい高いか,低いか.
正常と比べて増えているか.
アルツハイマー病で上がっているか.
でも,濃度だけでは分からないことがあります.
濃度が高いのは,産生が増えているからなのか.
分解が遅くなっているからなのか.
神経細胞からの放出が増えているからなのか.
あるいは,複数の要因が重なっているのか.
この論文は,その問いに踏み込んでいます.
この研究では,ヒトiPSC由来神経細胞とヒト中枢神経系の両方でタウの動態を測定しました.
その結果,新しく作られたタウは,ヒト神経細胞から約3日で切断され,放出されることが示されました.
また,タウの半減期は,ヒトiPSC由来神経細胞では6.74 ± 0.45日,ヒト中枢神経系では23 ± 6.4日と報告されています.
この数字は,タウ研究にとってとても重要です.
なぜなら,タウは単に神経細胞の中に存在する構造タンパク質ではなく,ヒトの脳内でかなり動的に産生・処理・放出されていることを示しているからです.
さらに,この論文では,すべてのタウが同じように動いているわけではないことも示されました.
4R tauアイソフォームやリン酸化タウは,ほかのタウ種よりも速いターンオーバーを示していました.
これは,タウのアイソフォームやリン酸化状態によって,生物学的な意味が異なる可能性を示しています.
タウを一つの分子としてまとめて扱うのではなく,「どのタウ種か」「どの部位がリン酸化されているか」「どの断片か」を分けて見る必要があるということです.
もう一つ重要なのは,タウの産生速度がアミロイド病理と関連していた点です.
認知機能が正常な人とアルツハイマー病の人を含む解析で,タウの産生速度はアミロイドプラークの量と正に相関していました.
これは,アミロイドとタウの関係を考えるうえで大切です.
アルツハイマー病では,アミロイドβの蓄積がタウ病理の拡大を促すと考えられています.
しかし,その間に何が起きているのかは簡単ではありません.
この研究は,アミロイド病理があると,タウの生理的な動きそのものが変わる可能性を示しています.
つまり,アミロイドはタウ凝集を引き起こすだけでなく,タウの産生や代謝にも影響しているかもしれません.
この視点は,その後のタウバイオマーカー研究にもつながっています.
近年,アルツハイマー病の血液バイオマーカーとして,p-tau181,p-tau217,p-tau231などが大きく注目されています.
これらは,アミロイド病理をかなり早期から反映し,診断やスクリーニングに有用です.
ただし,ここで重要な問題があります.
p-tau181やp-tau217は,アルツハイマー病の診断には非常に有用ですが,それらが本当に「タウ凝集そのもの」を測っているのか,という問題です.
実際,多くのp-tauマーカーは,アミロイドβに反応して上昇する可溶性タウの変化を反映していると考えられています.
つまり,p-tau217が高いことは,アルツハイマー病病理を示す強いサインですが,必ずしも脳内の神経原線維変化,すなわち不溶性タウ凝集の量そのものを直接測っているわけではありません.
そこで重要になってきたのが,MTBR-tauです.
MTBRとは,microtubule-binding regionの略です.
タウタンパク質の中で,微小管に結合する領域を指します.
神経原線維変化に含まれる不溶性タウ凝集体では,このMTBR領域が重要な構成要素になります.
Sato先生らの研究の流れでは,このMTBR領域を含むタウ断片に注目し,それがアルツハイマー病のタウ凝集病理をより直接的に反映するかどうかが調べられてきました.
その重要な論文が,2023年にNature Medicineに発表された “CSF MTBR-tau243 is a specific biomarker of tau tangle pathology in Alzheimer’s disease” です[2].
この研究では,MTBR-tauの中でも,243番目のアミノ酸残基を含むMTBR-tau243に注目しています.
この研究は,BioFINDER-2の448人と,Knight Alzheimer Disease Research Centerの219人という,2つの独立コホートで検証されました.
比較対象として,p-tau181,p-tau205,p-tau217,p-tau231などのリン酸化タウ指標も同時に評価されています.
結果として,CSF MTBR-tau243は,タウPETおよび認知機能と最も強く関連し,アミロイドPETとの関連は相対的に弱いことが示されました.
これは,MTBR-tau243が,アミロイド病理への反応というよりも,不溶性タウ凝集そのものに近い情報を持つ可能性を示しています.
さらに,MTBR-tau243とp-tau205を組み合わせると,タウPET負荷の分散の多くを説明できました.
具体的には,tau-PET burdenに対する説明力はR2 = 0.58から0.75,認知機能指標に対する説明力はR2 = 0.34から0.48と報告されています.
これは,tau-PETそのものが認知機能を説明する力に近い性能でした.
ここが,この論文の大きなポイントです.
タウPETは,脳内のタウ凝集を評価する非常に重要な方法です.
しかし,PETは高価で,装置や放射性トレーサーが必要であり,実施できる施設も限られます.
一方で,脳脊髄液バイオマーカーでタウ凝集を推定できるなら,診断や臨床試験で使いやすくなります.
この研究は,CSF MTBR-tau243が,タウPETに近い情報を持つ流体バイオマーカーになりうることを示しました.
そして著者らは,A/T/(N)のTを,単にリン酸化タウだけでなく,不溶性タウ凝集を反映するMTBR-tau243で考える可能性にも言及しています.
その後,さらに重要な展開がありました.
2025年にNature Medicineに発表された “Plasma MTBR-tau243 biomarker identifies tau tangle pathology in Alzheimer’s disease” です[3].
この論文では,CSFではなく,血漿中のMTBR-tau243を測定しようとしています.
より正確には,endogenously cleaved MTBR-tau243,eMTBR-tau243という血漿タウ種を測定しています.
これは非常に大きな一歩です.
CSF MTBR-tau243がタウ凝集病理を反映するとしても,脳脊髄液を採取するには腰椎穿刺が必要です.
臨床研究や専門施設では可能ですが,日常診療や大規模スクリーニングで広く使うには負担があります.
もし血液でタウ凝集病理を見られるなら,アルツハイマー病診療は大きく変わる可能性があります.
2025年の研究では,まず小規模な2つのパイロットコホート,n = 108とn = 55で検討し,さらにBioFINDER-2の739人で検証しています.
対象者は,認知機能正常からMCI,AD dementiaまで,アルツハイマー病スペクトラム全体を含んでいました.
結果として,plasma eMTBR-tau243は,MCI段階で有意に上昇し,認知症段階ではさらに上昇しました.
一方で,アミロイド陽性であっても認知機能が正常な段階では,eMTBR-tau243は明らかには上昇していませんでした.
これは重要です.
p-tau217などの血液マーカーは,アミロイド病理が出てくる非常に早期から上昇します.
そのため,アルツハイマー病の早期検出には非常に有用です.
しかし,p-tau217は,アミロイド病理に対するタウリン酸化反応を強く反映している可能性があります.
一方で,eMTBR-tau243は,アミロイドだけでは上がりにくく,タウ凝集や症状の進行により近い段階で上昇するように見えます.
これは,eMTBR-tau243が,より成熟したタウ凝集病理を反映している可能性を示しています.
実際,plasma eMTBR-tau243は,タウPETとの強い関連を示しました.
報告では,tau-PET bindingとの関連はβ = 0.72,R2 = 0.56でした.
また,認知機能との関連もβ = 0.60,R2 = 0.40と示されています.
これは,ほかの血漿タウ指標である%p-tau217や%p-tau205を上回る性能でした.
さらに,plasma eMTBR-tau243は,Aβ陽性MCIやAD dementiaで上昇し,AD dementiaでは認知機能正常者と比べて最大200倍程度まで上昇したと記載されています.
一方で,Aβ陽性で認知機能正常な段階では上がらないことから,アミロイドそのものではなく,タウ凝集病理や臨床症状に近い変化を反映していると考えられます.
この点は,アルツハイマー病のバイオマーカーを考えるうえで非常に重要です.
これまでの血液バイオマーカーは,アルツハイマー病病理があるかどうかを見つける力に優れていました.
特にp-tau217は,アミロイド陽性を高い精度で予測できます.
しかし,その人の症状が本当にアルツハイマー病のタウ凝集によって説明されるのか,どのくらいタウ病理が進んでいるのか,今後どのくらい進行しそうなのかを知るには,よりタウ凝集に近いマーカーが必要です.
eMTBR-tau243は,その候補になりうるものです.
この流れをまとめると,タウを3つの方向から見ていると言えるかもしれません.
第一に,タウの「動き」です.
2018年のNeuron論文では,タウがヒトCNSでどのくらいの速さで産生され,処理され,放出されるのかを測定しました[1].
これは,tau kineticsそのものを人で測ろうとした研究です.
第二に,タウの「形」です.
タウには,N末端,mid-domain,MTBR領域など,さまざまな断片があります.
リン酸化部位も,181,205,217,231など複数あります.
Sato先生らの研究は,どのタウ種がアミロイドを反映し,どのタウ種が不溶性タウ凝集を反映するのかを分けて見ようとしています[2,3].
第三に,タウの「臨床的意味」です.
タウPET,認知機能,MCI,AD dementia,臨床進行といったアウトカムと照らし合わせて,どのタウマーカーが病期分類や予後予測に役立つのかを調べています[2,3].
この3つがつながると,アルツハイマー病の見方が少し変わります.
タウは,単に「高いか低いか」ではありません.
どのタウが高いのか.
それはアミロイドへの反応なのか.
それとも不溶性タウ凝集そのものを反映しているのか.
早期診断に向いているのか.
病期分類に向いているのか.
治療効果判定に向いているのか.
同じ「タウバイオマーカー」でも,役割が違うのです.
たとえば,p-tau217は,アルツハイマー病病理を早く見つけるための非常に強力なマーカーです.
一方で,MTBR-tau243やeMTBR-tau243は,タウ凝集の量や病期,症状との関係をより反映するマーカーかもしれません[2,3].
これは,今後の治療にも関係します.
抗アミロイド抗体薬の時代には,アミロイド病理があるかどうかを見つけることが重要です.
しかし,治療効果や予後を考えるには,タウ病理がどの程度進んでいるのかも重要になります.
さらに,今後タウ標的治療が進めば,タウ凝集を直接反映するバイオマーカーの必要性はさらに高まると思います.
その意味で,MTBR-tau243は,診断のためだけでなく,臨床試験のエンドポイントや,治療反応性の評価にも関係する可能性があります[2,3].
もちろん,まだ課題もあります.
CSF MTBR-tau243は有望ですが,腰椎穿刺が必要です.
plasma eMTBR-tau243は血液で測れる可能性を示しましたが,最初のアッセイでは比較的大きな血漿量が必要であり,今後さらに測定法の改良と外部検証が必要です[3].
また,さまざまな人種・民族,併存疾患,実臨床に近い集団で同じように使えるかも確認する必要があります.
それでも,この研究の方向性はとても重要です.
アルツハイマー病のバイオマーカーは,これまで「病理があるかどうか」を見つける方向に大きく進んできました.
これからは,それに加えて,「どの病理がどの段階にあるのか」,「その病理が症状にどのくらい関係しているのか」,「治療で本当に変わっているのか」を見る必要があります.
この研究は,まさにその方向にあります.
タウを,濃度だけで見るのではなく,動きとして見る.
タウを,一つの分子としてまとめるのではなく,断片やリン酸化部位ごとに見る.
タウを,アミロイドへの反応とタウ凝集そのものに分けて見る.
そして,その情報を診断,病期分類,予後予測,治療効果判定につなげる.
これは,かなり精密なタウ研究です.
アルツハイマー病を理解するには,アミロイドを見ることが必要です.
でも,症状により近いのはタウです.
そして,タウを本当に理解するには,その動きと形を見なければならないのかもしれません.
タウは,ただ「たまる」だけではありません.
作られ,変化し,切られ,放出され,凝集し,そして脳脊髄液や血液の中に手がかりを残します.
その手がかりを丁寧に読み解くことで,アルツハイマー病の進行を,より正確に,より早く,より深く理解できるようになるかもしれません.
参考文献
[1] Sato C, Barthélemy NR, Mawuenyega KG, Patterson BW, Gordon BA, Jockel-Balsarotti J, et al. Tau Kinetics in Neurons and the Human Central Nervous System. Neuron. 2018;97(6):1284-1298.e7. doi:10.1016/j.neuron.2018.02.015. PMID: 29566794.
[2] Horie K, Salvadó G, Barthélemy NR, Janelidze S, Li Y, He Y, et al. CSF MTBR-tau243 is a specific biomarker of tau tangle pathology in Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2023;29:1954-1963. doi:10.1038/s41591-023-02443-z. PMID: 37443334.
[3] Horie K, Salvadó G, Koppisetti RK, Janelidze S, Barthélemy NR, He Y, Sato C, et al. Plasma MTBR-tau243 biomarker identifies tau tangle pathology in Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2025;31:2044-2053. doi:10.1038/s41591-025-03617-7. PMID: 40164726.
[4] Barthélemy NR, Li Y, Joseph-Mathurin N, Gordon BA, Hassenstab J, Benzinger TLS, et al. A soluble phosphorylated tau signature links tau, amyloid and the evolution of stages of dominantly inherited Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2020;26:398-407. doi:10.1038/s41591-020-0781-z. PMID: 32123385.