抗アミロイド抗体薬時代に考える「タウ・バイオマーカー」の読み方
アルツハイマー病の治療は,いま大きく変わりつつあります.
レカネマブやドナネマブのような抗アミロイド抗体薬が登場し,アミロイドβを標的にして病気の進行を遅らせる時代に入りました.一方で,アルツハイマー病を語るうえで,もう一つ避けて通れない病理があります.
それが タウ です.
アミロイドβは,アルツハイマー病のかなり早期から脳に蓄積します.一方,タウ病理,特に神経原線維変化は,認知機能低下や神経変性とより近い関係を持つと考えられています.
では,アミロイドβを抗体薬で取り除くと,タウはどう変わるのでしょうか.
すべてのタウが下がるのでしょうか.
それとも,アミロイドに反応するタウと,神経原線維変化を反映するタウは別なのでしょうか.
この問いに迫ったのが,2025年に Alzheimer’s & Dementia に掲載された論文,“The relationship of soluble tau species with Alzheimer’s disease amyloid plaque removal and tau pathology” です[1].この研究は,DIAN-TU-001試験の事後解析として,抗アミロイド抗体薬がアミロイド斑,タウ病理,そして脳脊髄液中のさまざまなタウ分子種にどのような影響を与えるかを調べています[1].
DIAN-TUとは何か
この研究の対象は,常染色体優性遺伝性アルツハイマー病,つまり dominantly inherited Alzheimer’s disease,DIAD のリスクを持つ人たちです.
DIADは,PSEN1,PSEN2,APPなどの原因遺伝子変異により,若年でアルツハイマー病を発症することが多いタイプです.発症時期が比較的予測しやすいため,症状が出る前からアルツハイマー病の病理がどのように進むかを調べるうえで,とても重要な研究対象になります.
DIAN-TU-001は,DIADのリスクを持つ人を対象に,抗アミロイド抗体薬である solanezumab と gantenerumab を評価した臨床試験です[2].もとの試験では,両薬剤とも認知機能面で明確な有益性は示されませんでしたが,gantenerumabはアミロイド斑を減少させ,いくつかの下流バイオマーカーにも影響を与えました.
今回の論文は,その試験データを用いて,さらに詳しく「タウの種類ごとの変化」を見た研究です[1].
タウにも「種類」がある
一般に,アルツハイマー病のバイオマーカーとして p-tau181 や p-tau217 という名前を聞くことが増えています.しかし,この論文が重要なのは,タウを一括りにせず,複数のタウ分子種を分けて解析している点です.
研究では,高分解能質量分析を用いて,脳脊髄液中のさまざまなタウ分子種を4年間にわたり測定しています.対象者は142人で,solanezumab群50人,gantenerumab群52人,プラセボ群40人でした.
ここで特に注目されたのが,以下のようなタウです.
・p-tau153
・p-tau181
・p-tau217
・p-tau231
・p-tau205
・MTBR-tau243
このうち,p-tau181,p-tau217,p-tau231などは,アルツハイマー病のかなり早期,つまり症状が出る前の段階から上昇することが知られています.一方,p-tau205やMTBR-tau243は,よりタウ凝集や神経原線維変化に近い病理を反映する可能性があります[1,3].
つまり,「タウが高い」と一言で言っても,それがアミロイド斑に反応して変化しているのか,それとも神経原線維変化そのものを反映しているのかは,同じではない可能性があります.
アミロイド除去で下がるタウと,下がらないタウ
この論文の中心的な結果は,非常に興味深いものでした.
p-tau153,p-tau181,p-tau217,p-tau231といったリン酸化タウ分子種は,アルツハイマー病の前臨床期から上昇しますが,gantenerumabによってアミロイド斑が減少すると,これらのp-tau分子種も低下しました[1].
一方で,より後の時期に上昇する p-tau205 や MTBR-tau243 は,アミロイド除去とは明確に関連せず,タウPETで見られる神経原線維変化の進行と整合する動きを示しました.
この結果は,アルツハイマー病の病態を考えるうえで非常に重要です.
つまり,抗アミロイド抗体薬によってアミロイド斑を減らすと,p-tau217やp-tau231のような「早期に変化する可溶性p-tau」は下がる.しかし,すでに進んでいるタウ凝集や神経原線維変化を反映するバイオマーカーは,必ずしも同じようには下がらない,ということです.
このことは,「アミロイドを取り除けば,タウ病理もすべて止まる」と単純には言えないことを示しています.
p-tau217は,何を見ているのか
近年,血液バイオマーカーとして p-tau217 が非常に注目されています.p-tau217は,アルツハイマー病のアミロイド病理やタウ病理と強く関連し,診断や治療モニタリングに役立つ可能性があります.
今回の論文でも,p-tau217とp-tau231はAβ-PETと相関し,アミロイド斑を下げる治療に反応するとされています[1].著者らは,血液中のp-tau217測定が,今後,抗アミロイド療法の非侵襲的なモニタリング手段になる可能性にも触れています.
ただし,ここで注意が必要です.
p-tau217が下がることは,アミロイド斑に関連する生物学的反応が変化したことを示している可能性があります.しかし,それだけで神経原線維変化が止まった,あるいは神経変性が完全に抑えられたとは言えません.
この論文は,p-tau217を「タウ病理そのものを直接表す万能マーカー」としてではなく,アミロイド斑に強く連動する早期タウ反応のマーカーとして慎重に理解する必要があることを示していると思います.
MTBR-tau243が示すもの
一方で,MTBR-tau243 は,この論文のもう一つの重要なポイントです.
MTBRとは,microtubule-binding region,つまりタウ蛋白の微小管結合領域を指します.MTBR-tau243は,タウPETと強く相関し,神経原線維変化の進行を反映する可能性があるとされています[1].
これは,今後のタウ標的治療にとって重要です.
もし抗タウ薬の効果を評価するなら,p-tau217だけでは不十分かもしれません.アミロイドに反応して下がるp-tauと,神経原線維変化を反映するMTBR-tau243のようなマーカーを分けて使う必要があります.
つまり,これからの臨床試験では,
抗アミロイド薬にはp-tau217,抗タウ薬にはMTBR-tau243やp-tau205
というように,治療標的に応じてバイオマーカーを使い分ける時代が来るかもしれません.
この論文がAD-DMT時代に重要な理由
現在,アルツハイマー病の疾患修飾療法,いわゆるAD-DMTは,抗アミロイド抗体薬を中心に実臨床へ入り始めています.
しかし,AD-DMTの時代に重要なのは,薬を投与することだけではありません.
その薬が本当に標的に作用しているのか.
その作用が下流の病態にどこまで波及しているのか.
どの時点で治療を開始すれば,どの病理を抑えられるのか.
どのバイオマーカーを使えば,治療効果を正しく評価できるのか.
こうした問いに答える必要があります.
今回の論文は,そのための重要なヒントを与えています.
アミロイド除去は,早期に変化する可溶性p-tauを下げる.
しかし,神経原線維変化に関連するタウバイオマーカーは,別の動きを示す.
これは,抗アミロイド療法の効果を評価するうえでも,抗タウ療法を開発するうえでも,とても重要な知見です.
ただし,注意点もある
この研究は非常に示唆に富みますが,いくつかの注意点があります.
第一に,対象はDIADのリスクを持つ人たちです.DIADはアルツハイマー病の病態を理解するうえで非常に重要ですが,通常の孤発性アルツハイマー病とは発症年齢や遺伝的背景が異なります.そのため,結果をそのまますべての高齢発症アルツハイマー病に当てはめることはできません.
第二に,これはDIAN-TU-001の事後解析です.もとの試験は認知機能改善を主要目的としており,今回の解析はタウバイオマーカーの変化に焦点を当てたものです.したがって,この結果だけで臨床効果を判断することはできません.
第三に,著者ら自身も述べているように,タウ標的治療を追跡するバイオマーカーとして,MTBR-tau243などをさらに検証する必要があります[1].
まとめ
この論文が伝えていることは,とてもシンプルですが重要です.
タウは一種類ではない.
アミロイドに反応するタウと,神経原線維変化を反映するタウは,同じではないかもしれない.
抗アミロイド抗体薬によってアミロイド斑を減らすと,p-tau217やp-tau231のような早期の可溶性p-tauは低下します.一方で,p-tau205やMTBR-tau243のような,よりタウ凝集・神経原線維変化に近いマーカーは,アミロイド除去だけでは十分に変わらない可能性があります[1].
この知見は,AD-DMT時代のバイオマーカー解釈に大きな意味を持ちます.
p-tau217が下がったからといって,アルツハイマー病のすべての病理が止まったわけではない.
一方で,p-tau217は抗アミロイド療法の反応をモニターする有用な指標になり得る.
そして,抗タウ療法の評価には,MTBR-tau243のような別のマーカーが必要になるかもしれない.
アルツハイマー病治療は,アミロイドを取り除く時代から,その先のタウ病理,神経炎症,神経変性をどう捉え,どう治療するかを考える時代に進んでいます.
この論文は,その次の段階に向けて,
「どのタウを見ているのか」
という問いの重要性を教えてくれる研究だと思います.
参考文献
McDade EM, Barthélemy NR, Wang G, et al. The relationship of soluble tau species with Alzheimer’s disease amyloid plaque removal and tau pathology. Alzheimer’s & Dementia. 2025;21(9):e70689. doi:10.1002/alz.70689. PMID: 40985290.
Salloway S, Farlow M, McDade E, et al. A trial of gantenerumab or solanezumab in dominantly inherited Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2021;27(7):1187-1196. doi:10.1038/s41591-021-01369-8. PMID: 34155411.
Barthélemy NR, Li Y, Joseph-Mathurin N, et al. A soluble phosphorylated tau signature links tau, amyloid and the evolution of stages of dominantly inherited Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2020;26(3):398-407. doi:10.1038/s41591-020-0781-z. PMID: 32161412.