Therapeutic TVという新しい認知症ケアの考え方
認知症のある方と暮らしていると,日常の中で「どう関わればよいのか」と迷う場面がたくさんあります.
会話が続かない.
落ち着かない時間がある.
水分摂取やトイレ,入浴などの日常生活動作がうまく進まない.
介護者が少し休みたいけれど,目を離すのが不安.
そんなとき,テレビをつけることは珍しくありません.
しかし,通常のテレビ番組は,認知症のある方にとって必ずしも安心できるものではありません.場面展開が速く,登場人物が多く,ストーリーが複雑で,ニュースや暴力的な場面は不安や混乱を強めることがあります.
今回の BrightFocus Foundation の動画 “Therapeutic TV for Alzheimer’s: What the Research Shows” では,Zinnia TV の共同創業者 Allyson Schrier 氏が,認知症の人に合わせて作られた映像コンテンツの可能性について語っていました.Schrier氏は,ご自身が認知症の夫を介護した経験から,映像を使った関わりの可能性に気づき,その後,認知症ケアの教育や研究者との共同研究を通じて,Zinnia TVを開発したと説明しています[1].
「テレビを見せる」ではなく,「一緒に見る」
この動画で最も重要だと感じたのは,Zinnia TVを「テレビ番組」としてではなく,ケアの道具として位置づけている点です.
Schrier氏は,夫の認知症が進行し,会話が難しくなった時期に,「何かを一緒に見ながら話す」と会話が生まれやすいことに気づいたと話しています.写真,ホッケーのグローブ,雑誌,スマートフォンで作った短い動画など,視覚的な手がかりがあると,関係性が戻ってくるような瞬間があったそうです.
これは,認知症ケアでよく言われる「できないこと」ではなく,「まだ残っている力」に注目する考え方に近いと思います.
言葉だけで説明するのは難しくても,視覚的な情報があると理解しやすい.
抽象的な指示は伝わりにくくても,誰かが水を飲んでいる映像を見ると,自分も水を飲む準備ができる.
会話の糸口がなくても,同じ映像を見ながらなら,「きれいだね」「昔こういうことをしたね」と話しやすくなる.
この「一緒に見る」という姿勢が,単なるテレビ視聴と治療的な映像活用を分ける大きなポイントです.
認知症の人にとって,通常のテレビは難しいことがある
動画の中で印象的だったのは,通常のテレビが認知症の人にとって負担になり得るという説明です.
Schrier氏は,認知症のある人たちに「最近どんなテレビを見ますか」と尋ねた経験を紹介しています.多くの人が,「テレビは速すぎる」「話についていけない」「誰が何をしたのか分からない」「自分ができなくなったことを突きつけられるようでつらい」と感じていたと述べています.
認知症では,記憶だけでなく,処理速度,注意,言語理解,視空間認知も影響を受けます.そのため,普通のニュース番組やドラマは,健康なときには楽しめたとしても,病気の進行とともに情報量が多すぎる刺激になることがあります.
特にニュースや事件・事故の映像は注意が必要です.動画では,テレビで火事や9.11の映像を見た認知症の人が,それを「今,自分の近くで起きている現実」と受け止めてしまった例が紹介されていました.
つまり,認知症のある人にとって,テレビは「外の世界とつながる窓」になる一方で,「不安や混乱を招く刺激」にもなり得ます.
Dementia-friendly video とは何か
では,認知症の人に配慮した映像とは,どのようなものでしょうか.
Zinnia TVで紹介されている考え方は,ゆっくりしたテンポ,分かりやすい映像,過度な刺激の少なさ,穏やかな音楽や効果音,そして本人の興味や生活行動につながる内容です[1].
動画では,たとえば以下のような使い方が紹介されていました.
水を飲む映像を見て,水分摂取につなげる.
トイレに行く映像を見て,日常生活動作のきっかけにする.
自然や動物の映像で落ち着く.
歌詞つきの歌で一緒に歌う.
クイズ形式の映像で,答えられる喜びを感じる.
朝の映像や夜の映像を使って,生活リズムを作る.
ここで重要なのは,映像が「指導」ではなく「モデル」になっていることです.
「水を飲みなさい」と言われるより,誰かが穏やかに水を飲んでいる映像を見る方が,認知症の人にとって受け入れやすい場合があります.
これは,介護者が無理に説得するのではなく,環境や手がかりを整えて本人の行動を支えるアプローチだと言えます.
研究では何が示されているのか
この動画では,Zinnia TVに関連する研究として,University of British Columbiaなどとの共同研究が紹介されています[1].研究では,長期ケア施設や病院で,認知症のある方に映像を見てもらい,どのような反応が起こるかが検討されました.
2024年の研究では,認知症の人に向けたテレビ動画について,医療者・介護者の視点から,どのような機能や実践上の配慮があるかが検討されています.この研究では,認知症の中等度から重度の人に対する非薬物的介入はまだ限られており,dementia-friendly TV videos は,なじみのある刺激を通じて意味のある関わりを生み出す可能性があるとされています[2].
また,2025年の質的研究では,dementia-friendly videos が,中等度から重度認知症の人の心理社会的ニーズを支えるデジタル支援技術として検討されました.この研究では,医療者19人へのインタビュー・フォーカスグループと,認知症のある患者・入所者15人への観察的インタビューが行われ,映像が安心感,関係性,活動参加,包摂感などに関わる可能性が示されています[3].
ただし,ここは慎重に理解する必要があります.
これらは非常に興味深い研究ですが,大規模ランダム化比較試験で「認知症の進行を遅らせる」と証明されたものではありません.現時点での位置づけは,認知症のある人の安心,関わり,日常生活支援,介護者の負担軽減を助ける可能性がある非薬物的ケアツールです.
非薬物的ケアの重要性
認知症ケアでは,薬だけでは対応できない症状が多くあります.不安,焦燥,易怒性,睡眠リズムの乱れ,拒否,孤立などは,本人にも家族にも大きな負担になります.
もちろん,薬が必要な場面もあります.しかし,すべてを薬で解決することはできません.むしろ,環境調整,コミュニケーション,活動,音楽,回想,ケアスタッフの関わり方など,非薬物的なアプローチが非常に重要です.
認知症の焦燥に対する非薬物的介入のシステマティックレビューでは,person-centred care,コミュニケーションスキルトレーニング,dementia care mapping,活動,音楽療法などが,一部の焦燥症状を減らす可能性が示されています[4].
Zinnia TVのような映像コンテンツも,この文脈で考えると理解しやすいと思います.
つまり,これは「テレビで治療する」というより,本人中心のケアを実現するための刺激・手がかり・会話のきっかけです.
音楽と映像の力
動画では,音楽の重要性にも触れられていました.歌えなくなった人が歌える,話せなくなった人が歌詞を口ずさめる,歩けないと思っていた人が音楽に合わせて体を動かす,という経験は,認知症ケアの現場ではよく語られます.
音楽療法に関するCochraneレビューでは,認知症の人に対する音楽ベースの介入について,情緒的ウェルビーイング,気分,行動症状,社会的行動,認知への効果が検討されています[5].効果の大きさや持続性には研究間でばらつきがありますが,音楽が認知症ケアの重要な非薬物的アプローチであることは広く認識されています.
また,回想法も,写真や音楽などの具体的な手がかりを使って,過去の経験を語ることを促す介入です.Cochraneレビューでは,回想法は認知症の人の生活の質,コミュニケーション,気分,認知機能などへの効果が検討されています[6].
映像は,音楽と回想の要素を組み合わせられる点で興味深いです.
たとえば,昔のスポーツ,季節行事,動物,庭仕事,料理,歌などの映像は,単なる視聴ではなく,その人の記憶や感情,人との関係に触れる入り口になり得ます.
「見せっぱなし」にしないこと
一方で,この動画では,テレビを長時間見せっぱなしにすることへの注意も繰り返し語られていました.
Schrier氏は,認知症の人を一日中テレビの前に座らせておくべきではないと明確に述べています.Zinnia TVも通常のテレビの代わりではなく,必要な場面で,目的を持って使うツールだと説明しています.
これはとても大事です.
映像が穏やかであっても,長時間座ったままでいることは,活動性の低下,社会的孤立,身体機能低下につながりかねません.
実際,テレビ視聴と認知機能に関する研究では,50歳以上の成人において,1日3.5時間を超えるテレビ視聴が,6年後の言語記憶低下と関連していました[7].この研究は認知症患者を対象としたものではなく,因果関係を証明するものでもありませんが,長時間の受動的なテレビ視聴には注意が必要であることを示唆しています.
したがって,認知症ケアで映像を使う場合の基本は,
長時間見せることではなく,短時間でも目的を持って使うこと
だと思います.
家庭で使うなら,どう考えるか
家庭でこの考え方を取り入れるなら,まず大切なのは観察です.
その人は何を見ていると落ち着くのか.
何を見ていると笑うのか.
何を見たあとに不安になるのか.
ニュースや暴力的な場面で混乱しないか.
昔好きだった番組を,今も楽しめているのか.
途中でそわそわしたり,服をいじったり,立ち上がろうとしたりしていないか.
動画では,「その人がまだ楽しめているなら,昔の番組やスポーツ,音楽番組でもよい」と説明されていました.一方で,以前は好きだった番組でも,病気の進行とともに負担になることがあります.たとえば,昔は西部劇が好きだった人でも,銃声で不安になるようになったら,その番組はもう合わないかもしれません.
つまり,正解は一つではありません.
同じ人でも,病期や体調,時間帯によって合う映像は変わります.
介護者のレスパイトとしての意味
もう一つ,この動画で現実的だと思ったのは,映像が介護者の「短い休息」を作ることもある,という点です.
たとえば,本人が犬の映像を楽しんでいる間に,介護者がシャワーを浴びる.
穏やかな映像で少し落ち着いてから,食事やトイレに誘う.
夜の映像で就寝前のリズムを作る.
これは,介護を「楽にするために本人を放置する」という話ではありません.
むしろ,介護者が燃え尽きないための小さな余白を作ることです.
認知症ケアでは,本人中心のケアと同じくらい,介護者を支えることが重要です.介護者が疲弊しきってしまうと,穏やかな関わりを続けることは難しくなります.その意味で,映像ツールは,本人だけでなく介護者にとっても意味を持つ可能性があります.
まとめ
この動画から見えてくるのは,認知症ケアにおけるテレビの使い方を,もう一度考え直す必要があるということです.
通常のテレビは,認知症の人にとって楽しい刺激にもなりますが,場合によっては混乱,不安,焦燥を強める刺激にもなります.特にニュース,暴力的な番組,速い展開のドラマは,病気の進行とともに負担になることがあります.
一方で,認知症の人に合わせて作られた映像は,安心感,会話,回想,活動,生活リズム,介護者の休息を支える道具になり得ます.
ただし,映像は万能ではありません.
認知症を治すものでも,進行を止めるものでもありません.
そして,どんなに穏やかな映像でも,一日中見せっぱなしにするものではありません.
大切なのは,映像を「介護の代わり」にするのではなく,関わりを作る道具として使うことです.
認知症のある人が,分かりやすい世界に触れ,安心できる時間を持ち,誰かと同じものを見て笑える.
それは,医療の大きな治療とは違うかもしれません.
けれど,日々の生活を支えるケアとしては,とても大切な意味を持つと思います.
参考資料
1.BrightFocus Foundation. Therapeutic TV for Alzheimer’s: What the Research Shows. Zoom In on Dementia & Alzheimer’s.
参考文献
2.Hung L, Wong KLY, Mann J, Berndt A, Wong L, Wang C, Liao D, Pan D, Ren H. The Perspective of Nurses and Healthcare Providers on the use of Television Videos with People with Moderate to Severe Dementia. Can J Nurs Res. 2024;56(1):49-60. PMID: 37844601.
中等度から重度認知症の人に対するdementia-friendly TV videosについて,医療者・介護者の視点から機能と実践上の配慮を検討した研究です.
3.Wong KLY, Hung L, Wang C, Pan D, Liao D, Ren LH, Berndt A. The perceived impacts of using dementia-friendly videos to support the psychosocial needs of people with moderate to severe dementia in care settings: A qualitative exploratory study. Digit Health. 2025;11:20552076251357490. PMID: 40656845.
dementia-friendly videosが,中等度から重度認知症の人の心理社会的ニーズを支える可能性を検討した質的研究です.
4.Livingston G, Kelly L, Lewis-Holmes E, Baio G, Morris S, Patel N, Omar RZ, Katona C, Cooper C. Non-pharmacological interventions for agitation in dementia: systematic review of randomised controlled trials. Br J Psychiatry. 2014;205(6):436-442. PMID: 25452601.
認知症の焦燥に対する非薬物的介入のシステマティックレビューです.person-centred care,コミュニケーションスキルトレーニング,活動,音楽療法などの効果が検討されています.
5.van der Steen JT, Smaling HJA, van der Wouden JC, Bruinsma MS, Scholten RJPM, Vink AC. Music-based therapeutic interventions for people with dementia. Cochrane Database Syst Rev. 2018;7(7):CD003477. PMID: 30033623.
認知症の人に対する音楽ベースの介入の効果を検討したCochraneレビューです.
6.Woods B, O’Philbin L, Farrell EM, Spector AE, Orrell M. Reminiscence therapy for dementia. Cochrane Database Syst Rev. 2018;3(3):CD001120.
回想法が,認知症の人の生活の質,コミュニケーション,気分,認知などに与える影響を検討したCochraneレビューです.
7.Fancourt D, Steptoe A. Television viewing and cognitive decline in older age: findings from the English Longitudinal Study of Ageing. Sci Rep. 2019;9:2851. PMID: 30820029.
50歳以上の成人を対象に,1日3.5時間を超えるテレビ視聴が6年後の言語記憶低下と関連することを示した研究です.