アルツハイマー病診断は,どこまで進んできたのか

アルツハイマー病の診断は,いま大きく変わろうとしています.

これまでは,もの忘れや生活上の変化が出てから,認知機能検査やMRIなどを組み合わせて診断することが中心でした.その後,アミロイドPETやタウPET,脳脊髄液検査によって,アルツハイマー病の脳内病理をより直接的に見る時代になりました.

そして最近,さらに大きな流れとして注目されているのが,血液バイオマーカーです.

血液検査でアルツハイマー病の変化が分かるようになれば,診断はより身近になります.ただし,ここで大切なのは,「血液検査で何を見ているのか」です.

これまで注目されてきたp-tau217などの血液バイオマーカーは,アルツハイマー病らしい変化を非常に高い精度で捉える有望な指標です.一方で,アルツハイマー病の進行や症状と深く関わるのは,脳内に広がるタウのもつれ,つまり神経原線維変化です.

では,血液検査でこの「タウのもつれ」そのものに近い情報を捉えることはできるのでしょうか.

2025年に Nature Medicine に掲載された研究では,血液中の eMTBR-tau243 という新しいタウ関連バイオマーカーが,脳内のタウ病理を反映する可能性が示されました[1].この研究では,3つのコホート,それぞれ108人,55人,739人を対象に,血漿eMTBR-tau243がアルツハイマー病スペクトラムでどのように変化するかが検討されています.

アミロイドとタウは,同じではない

アルツハイマー病では,よくアミロイドβとタウという2つの蛋白が出てきます.

アミロイドβは,病気のかなり早い段階から脳に蓄積します.いわば,アルツハイマー病が始まっていることを示す重要なサインです.

一方,タウは,より症状や神経変性と近い関係にあります.タウが脳のどこに広がるかによって,記憶障害が目立つのか,言語症状が目立つのか,視空間認知障害が目立つのかが変わることもあります.

つまり,アルツハイマー病を理解するには,
アミロイドがあるかだけでなく,
タウがどこまで進んでいるかを見ることが重要です.

これまで,タウ病理を評価する代表的な方法はタウPETでした.しかし,PETは高価で,実施できる施設も限られています.もし血液検査でタウ病理をかなり正確に推定できるようになれば,診断や治療効果判定は大きく変わります.

eMTBR-tau243とは何か

今回注目された eMTBR-tau243 は,タウ蛋白の一部に由来する血液中の断片です.

MTBRとは,microtubule-binding region,つまりタウ蛋白の中で微小管と結合する領域を指します.タウが異常に変化し,凝集して神経原線維変化を作る過程では,この領域が重要になります.

これまでのp-tau217などは,アルツハイマー病の早期診断に非常に有用ですが,アミロイド病理と強く連動する面もあります.一方,eMTBR-tau243は,よりタウのもつれそのものに近い情報を反映する可能性があります[1].

この研究では,血漿eMTBR-tau243は軽度認知障害の段階で上昇し,認知症の段階ではさらに高くなることが報告されています[1].

これはとても重要です.
なぜなら,血液検査が単に「アルツハイマー病かどうか」を見るだけでなく,病気がどのくらい進んでいるのかを示す可能性があるからです.

なぜこの研究が面白いのか

この研究の面白さは,血液検査の役割を一段階進めたところにあります.

これまでの血液バイオマーカーは,主に「アミロイドPETが陽性かどうか」「アルツハイマー病らしい病理があるかどうか」を推定するために使われてきました.

しかし,これからの時代に必要なのは,それだけではありません.

レカネマブやドナネマブのような疾患修飾薬が登場したことで,診療では次の問いが重要になります.

この人は治療対象になるのか.
病気はどの段階なのか.
治療後に病理は変化しているのか.
タウ病理は進んでいるのか,抑えられているのか.
臨床試験で,薬が本当に病気の進行に影響しているのか.

こうした問いに答えるためには,アミロイドだけでなく,タウ病理を追える指標が必要です.

eMTBR-tau243は,その候補として非常に注目されます.
血液でタウのもつれに近い情報が得られるなら,タウPETが難しい施設でも,病気の進行や治療効果をより現実的に評価できるかもしれません.

ただし,すぐに一般検査になるわけではない

ここは慎重に考える必要があります.

この研究は非常に有望ですが,eMTBR-tau243がすぐに一般外来で使える検査になるわけではありません.現時点では,測定には専門的な技術が必要で,検査の標準化,コスト,施設間差,カットオフ値,さまざまな人種・民族・併存疾患での検証が必要です.

また,血液バイオマーカーは便利である一方,単独で診断を決めるものではありません.症状,認知機能検査,MRI,アミロイドやタウの検査,生活機能,患者さん本人と家族の状況を合わせて判断する必要があります.

つまり,eMTBR-tau243は「これだけで診断できる魔法の検査」ではありません.
しかし,アルツハイマー病をより正確に,より低侵襲に理解するための重要な一歩です.

これからのアルツハイマー病診療はどう変わるか

この研究から見えてくる未来は,かなり大きいです.

これからのアルツハイマー病診療では,単に「認知症かどうか」を判断するだけでは不十分になります.

アミロイドがあるのか.
タウはどこまで進んでいるのか.
神経変性はどの程度なのか.
治療によって病理が変わっているのか.
どの薬がその人に合うのか.

こうしたことを,できるだけ負担の少ない方法で見ていく必要があります.

血液バイオマーカーは,その入り口になります.
そしてeMTBR-tau243のような指標は,血液検査を「スクリーニング」から「病期評価」や「治療効果判定」へ広げる可能性があります.

別の最新研究では,CSFや血漿バイオマーカーをAβ40やnon-phosphorylated tauなどの参照蛋白で補正することで,脳内のアミロイド病理やタウ病理との関連がさらに改善する可能性も示されています[2].これは,血液・CSFバイオマーカーをより正確な臨床ツールにしていくための重要な方向性です.

まとめ

2025年の Nature Medicine 論文は,血液中のeMTBR-tau243が,アルツハイマー病のタウ神経原線維変化を反映する有望なバイオマーカーである可能性を示しました[1].

この研究が重要なのは,血液検査が「アルツハイマー病らしいか」を見るだけでなく,タウ病理がどこまで進んでいるかを捉える方向へ進んでいることです.

アルツハイマー病研究は,いま,アミロイドを見つける時代から,タウの広がりや病気の進行をより細かく読む時代へ移りつつあります.

まだ一般診療で広く使える段階ではありません.
それでも,血液でタウのもつれに近い情報が分かるようになれば,診断,治療選択,治療効果判定,臨床試験の設計は大きく変わる可能性があります.

アルツハイマー病は,少しずつ,
見える病気から,
測れる病気へ,
そして将来的には,
一人ひとりに合わせて治療する病気へ変わっていくのかもしれません.


参考文献

1.Horie K, Salvadó G, Koppisetti RK, et al. Plasma MTBR-tau243 biomarker identifies tau tangle pathology in Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2025;31:2044-2053. doi:10.1038/s41591-025-03617-7. PMID: 40164726.

2.Karlsson L, Janelidze S, Barthélemy NR, et al. Reference proteins to improve Core 1 and Core 2 Alzheimer’s disease CSF and plasma biomarkers. Brain. 2026;149(4):1153-1167. doi:10.1093/brain/awaf375. PMID: 41051312.