アルツハイマー病の研究では,認知機能をどう測るかがとても重要です.

記憶検査をする.
注意や処理速度を測る.
言語や遂行機能を評価する.
その結果を,アミロイド,タウ,MRI,PET,血液バイオマーカーと結びつけて考える.

これまでの認知症研究は,このような神経心理検査によって大きく進んできました.

でも,ここには難しさもあります.

認知機能検査は,多くの場合,診察室や研究施設で,ある一日に行われます.
つまり,その人の認知機能を「一時点」で切り取って評価しています.

しかし,人の認知機能は,いつも一定ではありません.

朝と夕方で違うかもしれません.
疲れている日と元気な日で違うかもしれません.
睡眠,気分,ストレス,薬,その日の体調にも左右されます.
同じ人でも,日によって,時間によって,少しずつ変動します.

だとすると,一回の検査だけで,その人の本当の認知機能をどこまで捉えられるのでしょうか.

今回取り上げたいのは,Jason Hassenstab先生の研究です.
Hassenstab先生の研究の特徴は,アルツハイマー病の認知機能評価を,診察室の中だけでなく,日常生活の中へ広げようとしている点です.

代表的なテーマは,スマートフォンやWebを用いたデジタル認知評価です.
特に,Ambulatory Research in Cognition,ARCというスマートフォンアプリを用いた研究は,Hassenstab先生の研究を理解するうえでとても重要です.

ただ,その前に,Hassenstab先生の研究の出発点として,「認知機能検査をどのように設計すべきか」という問いがあります.

2021年のAlzheimer’s Research & Therapy論文では,preclinical Alzheimer diseaseにおいて,短い認知機能評価と長い認知機能評価を比較しています[1].
この研究では,National Alzheimer’s Coordinating Centerの6230人のデータを用いて,MoCAのような短い検査と,より包括的な長い認知機能バッテリーが,症状発現をどの程度予測できるかを検討しました.
さらに,Knight ADRCの416人のデータを使って,アミロイドPET,タウPET,皮質厚などの神経画像バイオマーカーとの関連も調べています.

結果として,長い認知機能バッテリーはMoCAよりわずかに優れていましたが,その差は大きなものではありませんでした.
つまり,「長く詳しく測れば必ず大きく良くなる」とは限らない,ということです.

これはとても実践的な問いです.

研究では,できるだけ詳しく測りたくなります.
でも,検査が長くなれば,参加者の負担は増えます.
疲労も出ます.
費用もかかります.
臨床試験では,検査時間が長いこと自体が参加の障壁になることもあります.

だからこそ,どのくらい測れば十分なのか,どの検査が本当に意味のある変化を捉えるのかを考える必要があります.

この問いは,その後のスマートフォン認知評価につながっていきます.

2023年にJournal of the International Neuropsychological Societyに発表されたARCの論文では,スマートフォンを使って,日常生活の中で高頻度に認知機能を測定しました[2].
ARCは,ecological momentary assessmentの考え方に基づき,連想記憶,処理速度,作業記憶などの短い検査を,1日最大4回,7日間にわたって実施します.
参加者は,自分のスマートフォンを使い,自宅や日常環境で,監督なしに検査を行います.

この研究では,認知機能正常の高齢者268人と,非常に軽度の認知症の人22人が対象になりました.
多くの参加者は,従来の認知機能検査に加えて,脳脊髄液,アミロイドPET,タウPET,MRIなどのバイオマーカー評価も受けています.

結果は,かなり重要でした.

ARCの7日間の評価では,between-person reliabilityと6か月・1年後のtest-retest reliabilityがいずれも0.85を超えていました.
つまり,短い検査を何度も繰り返して統合することで,高い信頼性を得られることが示されました.

また,ARCのcomposite scoreは従来の認知機能評価と相関しており,r = 0.53でした.
さらに,ARCはADバイオマーカー負荷とも,従来の認知機能検査と同程度に関連していました.

実施可能性も良好でした.
参加を依頼された人の86.5%が登録を選び,アドヒアランスは80.42%,ドロップアウトは4.83%でした.

これは,デジタル認知評価にとって大きな意味があります.

スマートフォンで認知機能を測ると聞くと,「高齢者には難しいのではないか」と思うかもしれません.
確かに,デジタルデバイドや操作の難しさは重要な問題です.
しかし,この研究では,少なくとも研究参加者の多くが,自分の環境で,繰り返し検査を実施できることが示されました.

ここで重要なのは,ARCが単に「紙の検査をスマホに置き換えたもの」ではないことです.

Hassenstab先生の研究の面白さは,スマートフォンだからこそできる測定をしている点にあります.

診察室で1回測るのではなく,
1日に何度も測る.
1週間にわたって測る.
日常生活の中で測る.
平均値だけでなく,変動を見る.
時間帯による違いを見る.
その人の中での揺らぎを見る.

これは,従来の認知機能検査とは発想が違います.

たとえば,2021年のJournal of Clinical and Experimental Neuropsychology論文では,スマートフォンを使って,認知機能の日内変動を調べています[3].
対象は61〜94歳の高齢者169人で,93%は認知機能正常でした.
参加者は,1日4回,7日間にわたり,連想記憶,処理速度,視覚性作業記憶の短い検査を行いました.

この研究で分かったのは,記憶成績が朝の方が良く,夕方には低下するということです.
特に興味深いのは,CSFでAD病理が確認された人では,朝には差が目立たない一方,夕方には連想記憶の微妙な低下が現れた点です.

著者らは,これを非常に早期の“cognitive sundowning”の可能性として捉えています.

認知症の臨床では,夕方になると混乱や不安,認知機能低下が目立つ“sundowning”が知られています.
この研究は,そのずっと前の段階,つまりpreclinical ADに近い段階でも,時間帯によって微妙な認知変化が見える可能性を示しています.

これは,臨床試験にも関係します.

もし認知機能が朝と夕方で変わるなら,検査を行う時間帯が結果に影響するかもしれません.
ある人は朝に検査を受け,別の人は夕方に検査を受ける.
それだけで成績が変わる可能性があります.

つまり,認知機能評価では,「何を測るか」だけでなく,「いつ測るか」も重要になるのです.

さらに,Hassenstab先生の研究では,平均値だけではなく「変動性」にも注目しています.

2024年のNeuropsychology論文では,ARCを用いて,1週間の中での認知機能のばらつきとADリスクの関係を調べました[4].
この研究では,7日間に28回の反復測定を行い,episodic memory,spatial working memory,processing speedのパフォーマンスを解析しました.
解析には,Bayesian mixed-effects location scale modelsが使われています.

ここで見ているのは,単に「平均点が高いか低いか」ではありません.
同じ人の成績が,測定ごとにどのくらい揺れるかです.

結果として,APOE ε4保因者では,processing speedやworking memoryの平均成績が低いだけでなく,processing speedのsession-level variabilityも大きいことが示されました.
つまり,ADの遺伝的リスクは,平均的な成績低下だけでなく,日々の認知パフォーマンスの不安定さとしても現れる可能性があります.

これはとても重要な視点です.

私たちは,認知機能を評価するとき,点数に注目します.
何点だったか.
前回より下がったか.
基準値を下回ったか.

でも,実際には,点数の「揺れ」も意味を持つかもしれません.
ある日はよくできるけれど,別の日は大きく落ちる.
数十秒単位,数時間単位,日単位で成績が安定しない.
このような不安定さが,神経系の脆弱性を反映している可能性があります.

さらに,2024年のJournal of the International Neuropsychological Society論文では,反応時間の変動性に注目しています[5].
この研究では,75.8 ± 5.8歳の高齢者370人がARCによる1週間の遠隔評価を行いました.
処理速度課題の20〜40秒という短い検査の中で,反応時間がどのくらいばらつくかを,coefficient of variationとroot mean squared successive differenceで評価しています.

結果として,症状のある参加者では,認知機能正常者よりも反応時間変動性が大きくなっていました.
また,認知機能正常者に限定しても,APOE ε4保因者では非保因者より反応時間変動性が大きいことが示されました.
さらに,反応時間変動性は従来の認知機能compositeとも関連し,APOE ε4と認知機能の関係を媒介する可能性も示されました.

この研究は,日常環境で測定したごく短い注意の揺らぎが,ADリスクや臨床状態と関係する可能性を示しています.

ここで見えてくるのは,認知機能を「平均値」だけで見ないという考え方です.

平均点が少し低いことも重要です.
しかし,成績が不安定であることも重要かもしれません.
反応時間が揺らぐこと,日によって成績が変わること,夕方に弱くなること.
これらは,従来の1回の検査では見えにくい情報です.

スマートフォンによる高頻度評価は,このような情報を拾うための方法です.

そして,このようなmeasurement burst designを臨床試験で使うためには,統計解析も重要になります.

2025年のStatistics in Medicine論文では,アルツハイマー病臨床試験におけるmeasurement burst designの解析法が検討されています[6].
このようなデザインでは,短い認知検査を1日4回,1週間実施し,最大28データポイントを1つのburstとして扱います.
さらに,このburstを6か月ごと,または12か月ごとに繰り返すことで,従来の年1回の検査よりも多くの情報を得ることができます.

しかし,データが増えると,解析は複雑になります.
1人の中に複数の測定があり,1日の中の時間帯があり,週内の変化があり,さらに長期的な変化があります.
従来の単純なmixed modelだけでは,計算負荷やモデル設計の面で難しいことがあります.

この論文では,hierarchical linear mixed effects modelsやhierarchical mixed models for repeated measuresを用いて,measurement burst dataを効率的に解析する方法が提案されています.
つまり,Hassenstab先生の研究は,アプリを作るだけではなく,そのデータを臨床試験でどう使うか,統計的にどう扱うかという段階まで進んでいます.

ここがとても重要です.

デジタル認知評価は,単に新しいテクノロジーではありません.
本当に臨床試験や診療に使うには,信頼性,妥当性,実施可能性,参加者負担,統計解析,臨床的意味づけが必要です.

Hassenstab先生の研究は,その一つ一つを積み上げています.

まず,短い検査と長い検査を比較し,どの程度の認知評価が必要なのかを問い直しました[1].
次に,ARCを使って,高頻度スマートフォン評価が信頼でき,実施可能で,ADバイオマーカーとも関連することを示しました[2].
さらに,時間帯による認知機能の変化を示し,検査の「タイミング」が重要であることを示しました[3].
そして,平均値だけでなく,日々の変動性や反応時間の揺らぎが,ADリスクを反映する可能性を示しました[4,5].
最近では,measurement burst designを臨床試験データとしてどう解析するかという方法論にも進んでいます[6].

この流れを見ると,Hassenstab先生の研究の本質は,「認知機能をもっと現実に近い形で測ること」だと思います.

従来の認知機能検査は,とても重要です.
でも,それは限られた時間と場所での評価です.

一方,私たちの認知機能は,日常生活の中で使われています.
朝起きて,予定を思い出す.
買い物に行く.
薬を飲む.
人と話す.
道を覚える.
スマートフォンを使う.
夕方になると疲れて,物忘れが増える.

こうした日常の認知機能を,研究の中にどう取り込むか.

それが,デジタル認知評価の大きな課題です.

もちろん,課題もあります.

第一に,スマートフォンを使える人と使えない人の差があります.
高齢者の中には,スマートフォンに慣れていない人もいます.
視力,手指機能,教育歴,言語,文化,経済状況によって,参加しやすさが変わる可能性があります.

第二に,日常環境での測定は,コントロールが難しいです.
騒音があるかもしれません.
家族が話しかけるかもしれません.
疲れているかもしれません.
別の作業の途中かもしれません.

でも,これは欠点であると同時に,強みでもあります.
なぜなら,日常生活の中で測るからこそ,その人の本当の生活に近い認知機能が見える可能性があるからです.

第三に,データの解釈が難しくなります.
成績が悪かったのはAD病理のためなのか,睡眠不足のためなのか,気分のためなのか,単にスマートフォン操作に慣れていなかったためなのか.
これを見分けるには,バイオマーカー,臨床評価,生活情報,統計モデルを組み合わせる必要があります.

それでも,この研究領域はこれからますます重要になると思います.

アルツハイマー病の血液バイオマーカーが進歩し,p-tau217やp-tau181,Aβ42/40などで病理をより簡便に捉えられるようになってきました.
一方で,バイオマーカーが陽性であることと,その人の認知機能がどのように変化しているかは同じではありません.

治療薬の時代には,認知機能をより鋭敏に,より繰り返し,より負担少なく測る必要があります.
特にpreclinical ADやDIAD,Down syndrome-associated ADのように,発症前や早期段階を追う研究では,微妙な認知変化を捉えることが重要です.

そのためには,年1回の長い検査だけでは不十分かもしれません.
日常生活の中で,短く,繰り返し,負担少なく測る方法が必要になります.

Hassenstab先生の研究は,その方向に進んでいます.

認知機能を,一回の検査点数としてだけ見ない.
朝と夕方の違いを見る.
日々の揺らぎを見る.
反応時間のばらつきを見る.
スマートフォンで,その人の生活の中で測る.
そして,そのデータをバイオマーカーや臨床試験につなげる.

これは,認知機能評価の考え方を変える研究だと思います.

アルツハイマー病は,症状がはっきり出る前から始まっています.
その早い段階では,認知機能の変化もとても微妙です.
診察室で一回測っただけでは,その変化を見逃すかもしれません.

でも,何度も,短く,日常生活の中で測れば,見えてくるものがあるかもしれません.

平均点だけではなく,揺らぎを見る.
検査室だけではなく,生活の中で見る.
長い検査だけではなく,短い検査を繰り返す.

Hassenstab先生の研究は,認知症研究にその視点を与えてくれます.

認知機能は,静止画ではなく,動画のようなものかもしれません.
一枚の写真だけでは分からない変化が,時間の流れの中では見えてくる.

スマートフォンを使った高頻度認知評価は,その「動画」を見るための方法なのだと思います.

参考文献

[1] Hassenstab J, Nicosia J, LaRose M, Aschenbrenner AJ, Gordon BA, Benzinger TLS, Xiong C, Morris JC. Is comprehensiveness critical? Comparing short and long format cognitive assessments in preclinical Alzheimer disease. Alzheimer’s Research & Therapy. 2021;13:153. doi:10.1186/s13195-021-00894-5. PMID: 34517889.

[2] Nicosia J, Aschenbrenner AJ, Balota DA, Sliwinski MJ, Tahan M, Adams S, Stout SS, Wilks H, Gordon BA, Benzinger TLS, Fagan AM, Xiong C, Bateman RJ, Morris JC, Hassenstab J. Unsupervised high-frequency smartphone-based cognitive assessments are reliable, valid, and feasible in older adults at risk for Alzheimer’s disease. Journal of the International Neuropsychological Society. 2023;29(5):459-471. doi:10.1017/S135561772200042X. PMID: 36062528.

[3] Wilks H, Aschenbrenner AJ, Gordon BA, Balota DA, Fagan AM, Musiek E, Balls-Berry J, Benzinger TLS, Cruchaga C, Morris JC, Hassenstab J. Sharper in the morning: Cognitive time of day effects revealed with high-frequency smartphone testing. Journal of Clinical and Experimental Neuropsychology. 2021;43(8):825-837. doi:10.1080/13803395.2021.2009447. PMID: 35037593.

[4] Aschenbrenner AJ, Hassenstab J, Morris JC, Cruchaga C, Jackson JJ. Relationships between hourly cognitive variability and risk of Alzheimer’s disease revealed with mixed-effects location scale models. Neuropsychology. 2024;38(1):69-80. doi:10.1037/neu0000905. PMID: 37079810.

[5] Welhaf MS, Wilks H, Aschenbrenner AJ, Balota DA, Schindler SE, Benzinger TLS, Gordon BA, Cruchaga C, Xiong C, Morris JC, Hassenstab J. Naturalistic Assessment of Reaction Time Variability in Older Adults at Risk for Alzheimer Disease. Journal of the International Neuropsychological Society. 2024;30(5):428-438. doi:10.1017/S1355617723011475. PMID: 38282413.

[6] Wang G, Hassenstab J, Li Y, Aschenbrenner AJ, McDade E, Llibre-Guerra JJ, Bateman RJ, Xiong C. Unlocking Cognitive Analysis Potential in Alzheimer’s Disease Clinical Trials: Investigating Hierarchical Linear Models for Analyzing Novel Measurement Burst Design Data. Statistics in Medicine. 2025. doi:10.1002/sim.10292. PMID: 39586645.