Jeffrey Cummings先生が語る2026年の臨床試験パイプライン

アルツハイマー病の治療開発は,いま大きな転換点にあります.

これまでアルツハイマー病は,「治療が難しい病気」「進行を止められない病気」と考えられてきました.しかし近年,アミロイドβを標的とする抗体薬が登場し,疾患の進行を遅らせる治療が現実のものになりました.

今回の BrightFocus Foundation の動画では,アルツハイマー病の薬剤開発と臨床試験の世界的専門家である Jeffrey Cummings先生 が,2026年時点のアルツハイマー病臨床試験パイプラインについて解説しています[1].

Cummings先生は,ネバダ大学ラスベガス校(University of Nevada, Las Vegas: UNLV)の Chambers-Grundy Center for Transformative Neuroscience のDirectorであり,アルツハイマー病研究,神経精神医学,臨床試験に関する多数の書籍・論文を発表してきた研究者です[1].

いま,どれくらいの薬が開発されているのか

動画の冒頭でCummings先生は,2026年時点で 158薬剤が192試験で評価されている と述べています[1].ただし,この数字は講演時点の「未査読の先行情報」として紹介されており,動画内でも正式なパイプライン論文の前の情報であることが説明されています[1].

一方,すでにPubMed掲載されている2025年版のパイプライン論文では,138薬剤が182試験で評価されていた と報告されています[2].つまり,アルツハイマー病治療薬の開発は,数としても標的の多様性としても広がり続けています.

重要なのは,開発中の薬がアミロイドβだけではないことです.
タウ,神経炎症,免疫,シナプス機能,代謝,神経精神症状,さらにはデバイス治療まで,複数の方向から研究が進んでいます.

バイオマーカーが臨床試験を変えた

Cummings先生が強調していたのが,バイオマーカーの重要性です[1].

以前の臨床試験では,薬が本当に標的に作用しているのかを確認することが難しく,「暗闇の中で撃っているような状態」だったと説明されています.

しかし現在は,アミロイドPET,タウPET,脳脊髄液,血液バイオマーカーなどにより,

・対象者が本当にアルツハイマー病理を持っているか
・薬が標的に作用しているか
・病態の下流プロセスに影響しているか

を確認しながら治療開発を進められるようになっています.

これは非常に大きな変化です.
アルツハイマー病治療は,単に「もの忘れに効く薬」を探す段階から,病理を測定し,その変化を見ながら薬を評価する時代に入っています.

アミロイド抗体薬はまだ重要なのか

動画の中では,「タウの方が認知機能低下と関係が深いなら,アミロイド薬はもう重要ではないのではないか」という質問もありました[1].

これに対してCummings先生は,アミロイド薬は決して無関係ではなく,現在承認されている抗アミロイド抗体薬は,病気の進行をおよそ30%遅らせる再現性のある効果を示したと説明しています[1].

実際,レカネマブは早期アルツハイマー病を対象とした第3相試験で,18か月時点の認知・機能低下をプラセボより有意に抑制しました[3].また,ドナネマブも早期症候性アルツハイマー病を対象とした第3相試験で,臨床的進行を有意に遅らせました[4].

ただし,これらは病気を完全に止める薬ではありません.
また,ARIA,つまり amyloid-related imaging abnormalities という脳浮腫や微小出血に関連する副作用があり,MRIによる慎重なモニタリングが必要です.

したがって,現在の抗アミロイド抗体薬は,完成形ではなく,第一世代の疾患修飾薬と考えるのがよいと思います.

次世代アミロイド薬:trontinemabへの期待

動画では,次世代の抗アミロイド抗体薬として trontinemab が紹介されました[1].

Trontinemab は,Brainshuttleという技術を用いた抗体薬で,血液脳関門を越えて脳内へ薬剤を届ける効率を高めることを目指しています.PubMed掲載の報告でも,trontinemab はトランスフェリン受容体1を介して脳内移行を高めるよう設計された抗アミロイド抗体と説明されています[5].

Cummings先生は,初期試験ではARIAが少ない可能性が示されていると述べています.ただし,これはまだ大規模試験で確定した話ではありません.今後の第3相試験で,本当に安全性と有効性が確認されるかが重要になります.

この薬の興味深い点は,単に「アミロイドを除去する薬」ではなく,薬をいかに脳へ届けるかという技術的課題に踏み込んでいることです.
もしこの仕組みが成功すれば,将来的には他の神経疾患薬にも応用される可能性があります.

タウを標的とする治療

アルツハイマー病では,アミロイドβが病態の早期から蓄積する一方で,タウ病理は認知機能低下とより強く関連すると考えられています.

そのため,タウを標的とする治療は非常に重要です.

動画では,Biogenの BIIB080 が有望なタウ標的治療として紹介されました[1].BIIB080は,MAPT mRNAを標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチドで,髄腔内投与によってタウ蛋白の産生を減らすことを目指す薬剤です.

第1b相試験では,BIIB080によりCSF中のtotal tauやp-tau181が低下し,タウPETでもタウ病理の低下が示唆されました[6].一方で,臨床的な有効性については,サンプルサイズが小さく,まだ確定的とは言えません.Cummings先生も,バイオマーカー上は有望だが,臨床効果の確認には今後の第2相・第3相試験が必要だと説明していました.

ここで大切なのは,バイオマーカーが改善することと,患者さんの生活や認知機能が改善することは,同じではないという点です.
薬がタウを下げても,それがどの程度,認知機能低下の抑制につながるのかは,臨床試験で確認する必要があります.

APOE4陽性者に対する治療はどうなるか

動画では,APOE4陽性,特にAPOE4ホモ接合体の人からの質問も取り上げられていました[1].

APOE4は,アミロイドβの蓄積を促進し,アルツハイマー病リスクを高める遺伝的要因です.1コピーを持つ場合より,2コピーを持つ場合の方がリスクは高くなります.また,抗アミロイド抗体薬を使用する場合,APOE4保有者ではARIAリスクが高くなることも知られています[4].

一方で,無症状で,MRIやアミロイド・タウの検査も陰性のAPOE4保有者に対して,現時点で承認された予防薬はありません[1].

今後重要になるのは,発症前段階での予防試験です.
たとえば,動画では,ドナネマブの予防試験である TRAILBLAZER-ALZ 3 が話題に上がりました.これは,まだ症状はないものの,アルツハイマー病に関連するバイオマーカー変化がある人を対象に,発症を遅らせられるかを検証する試験です.

このような試験は,アルツハイマー病を「発症してから治療する病気」から,発症前に介入する病気へ変える可能性があります.

Ozempicの試験から分かったこと

動画では,GLP-1受容体作動薬であるOzempic,つまりセマグルチドに関する話題もありました[1].

Cummings先生は,アルツハイマー病を対象にしたOzempicの試験はネガティブで,患者さんへの有益性は示されなかったと述べています[1].一方で,血液中の炎症を下げることは確認されたため,「末梢の炎症を下げるだけでは,脳内のアルツハイマー病理を改善するには不十分かもしれない」という重要な知見が得られたと説明していました.

これは,ネガティブ試験にも意味があることを示しています.
薬が効かなかったとしても,病態仮説のどこが足りなかったのかを学ぶことができます.

デバイス治療と40Hz刺激

薬剤だけでなく,非薬物的なデバイス治療も注目されています.

動画では,40Hzの光・音刺激,いわゆるガンマ波刺激に関する質問も取り上げられました[1].Cummings先生は,複数の技術が40Hzという刺激周波数に収束してきており,アルツハイマー病の何らかの生物学的プロセスを活性化している可能性があると述べています.

一方で,薬剤と比べると,デバイス治療の生物学的メカニズムはまだ十分には分かっていません.今後,バイオマーカーを組み合わせた臨床試験で,有効性とメカニズムの両方を検証する必要があります.

自宅で使用できる安全なデバイスが確立すれば,点滴治療に通いにくい人にとって,大きな選択肢になる可能性があります.ただし,現時点では標準治療として確立したものではなく,研究段階として見るのが適切です.

臨床試験に参加する意味

動画全体を通じて,Cummings先生が強調していたのは,臨床試験参加の重要性です.

臨床試験は,新しい治療を世に出すために不可欠です.FDAなどの規制当局が承認判断に用いる情報も,臨床試験から得られます.

一方で,多くの人が不安に感じるのがプラセボです.
Cummings先生は,2群試験なら実薬を受ける可能性は50%,3群試験ならプラセボの可能性は約3分の1になると説明しています.また,後期試験では,二重盲検期間の後に全員が実薬を受けられるオープンラベル延長が設けられる場合もあります.

もちろん,すべての試験がそうではありません.
そのため,参加を検討する際には,プラセボの可能性,試験期間,通院頻度,検査内容,オープンラベル延長の有無を確認することが大切です.

これからは併用療法の時代へ

現在の抗アミロイド抗体薬は,病気の進行をおよそ30%遅らせます[1,3,4].
これは大きな前進ですが,Cummings先生は「残りの70%の課題がある」と表現しています.

その残りを解決するには,おそらく単剤では不十分です.
タウ,炎症,免疫,代謝,シナプス,血管,生活習慣,デバイス治療などを,病期や病態に応じて組み合わせる時代が来る可能性があります.

ただし,併用療法の臨床試験は複雑です.
FDAに対して,それぞれの薬が治療効果に貢献していることを示すには,単剤群,併用群,プラセボ群を含む大規模な試験設計が必要になります.

それでも,アルツハイマー病を長期にわたって管理できる病気に変えていくには,併用療法は避けて通れない道だと思います.

まとめ

この動画から見える2026年のアルツハイマー病治療開発は,非常に希望のあるものでした.

すでに抗アミロイド抗体薬によって,病気の進行を遅らせることが現実になりました.
そして今,次世代アミロイド薬,タウ標的薬,炎症・免疫を標的とする薬,APOE4関連治療,予防試験,40Hz刺激などのデバイス治療が進んでいます.

もちろん,まだ課題は多くあります.
効果は限定的ですし,ARIAなどの安全性,通院負担,費用,検査体制,対象患者の選択といった問題もあります.

それでも,アルツハイマー病はもはや「何もできない病気」ではなくなりつつあります.

Cummings先生は,最終的な目標として,HIV/AIDSのように,症状を抑えながら長く機能を保てる病気にしていく未来を語っていました.

まだ「治る」と言うには早いです.
しかし,病気の進行を遅らせ,発症を予防し,複数の治療を組み合わせる時代は,少しずつ近づいています.

アルツハイマー病治療の未来は,確実に動き始めています.

Alzheimer's Disease Drug Development: Research and Development Ecosystem (English Edition) amzn.to 23,334円 (2026年04月27日 11:45時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する

参考文献

1.BrightFocus Foundation. Alzheimer’s Clinical Trials 2026: An Insider’s Look with Dr. Jeffrey Cummings. Zoom In on Dementia & Alzheimer’s. 2026年3月5日.

2.Cummings J, Zhou Y, Lee G, et al. Alzheimer’s disease drug development pipeline: 2025. Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventions. 2025. PMID: 40463637.

3.van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023;388(1):9-21. PMID: 36449413.

4.Sims JR, Zimmer JA, Evans CD, et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;330(6):512-527. PMID: 37459141.

5.Kulic L, et al. Drug Development. Alzheimer’s & Dementia. 2025. PMID: 41449440.

6.Edwards AL, Collins JA, Junge C, et al. Exploratory Tau Biomarker Results From a Multiple Ascending-Dose Study of BIIB080 in Alzheimer Disease: A Randomized Clinical Trial. JAMA Neurol. 2023. PMID: 37902726.