2026年JAMA Neurology論文から考える「安価な再利用薬」の可能性

アルツハイマー病の治療と聞くと,最近はレカネマブやドナネマブのような抗アミロイド抗体薬を思い浮かべる人が多いと思います.これらは,アルツハイマー病の病理に直接介入する疾患修飾薬として,大きな注目を集めています.

一方で,アルツハイマー病研究には,もう一つ別の流れがあります.

それは,すでに別の病気で使われている薬を,認知症予防や進行抑制に応用できないかという研究です.

その一つが,リチウムです.

リチウムは,双極性障害の治療薬として長く使われてきた薬です.精神科領域では古くから知られていますが,近年,神経保護作用,GSK-3β阻害,BDNFへの影響,タウリン酸化の調整などを通じて,アルツハイマー病の進行抑制に関わる可能性が議論されてきました.

2026年,JAMA Neurology に,低用量リチウムを軽度認知障害,つまりMCIの高齢者に投与したパイロットランダム化試験が掲載されました[1].

結論から言うと,この研究は「リチウムがMCIに効く」と証明した試験ではありません.
しかし,低用量リチウムをMCIで安全に試験できること,そして将来の大規模試験に向けた手がかりが得られたことが重要です.

なぜリチウムなのか

リチウムがアルツハイマー病研究で注目される理由はいくつかあります.

一つは,GSK-3β という酵素への作用です.GSK-3βは,タウ蛋白のリン酸化に関わる酵素として知られています.アルツハイマー病では,タウの異常リン酸化や凝集が神経変性と深く関わります.そのため,GSK-3βを抑えるリチウムには,タウ病理を調整する可能性があると考えられてきました.

また,リチウムはBDNF,つまりbrain-derived neurotrophic factorにも影響する可能性があります.BDNFは神経細胞の生存やシナプス可塑性に関わる因子であり,脳の健康を考えるうえで重要です.今回のJAMA Neurology論文でも,リチウムの神経保護作用の機序として,GSK-3α/β阻害やBDNFへの影響が挙げられています[1].

ただし,理論的に期待できることと,実際に人で認知機能低下を遅らせることは別です.
そのため,ランダム化比較試験で検証する必要があります.

どんな研究だったのか

今回の研究は,米国ピッツバーグ大学で行われた,単施設,ランダム化,二重盲検,プラセボ対照のパイロット試験です[1].

対象は,60歳以上のMCIのある高齢者です.主要な精神疾患や神経疾患,リチウムの禁忌がある人は除外されました.

170人が評価され,83人がランダム化されました.そのうち80人が治療を開始し,41人がリチウム群,39人がプラセボ群でした.介入は,低用量リチウム炭酸塩またはプラセボを2年間内服するというものです.

評価項目は6つ設定されていました.
認知機能として,言語記憶,視空間記憶,PACCが評価され,さらに海馬体積,皮質灰白質体積,BDNFも評価されました.

つまり,この試験は単に「記憶がよくなったか」を見るだけではなく,認知機能,MRI,血液バイオマーカーを組み合わせて,リチウムの可能性を探索した研究です.

結果はどうだったのか

最も重要な点は,6つの共主要評価項目のいずれも,事前に設定された有意水準を満たさなかったことです.

つまり,この試験だけで「低用量リチウムはMCIの進行を抑える」とは言えません.

一方で,言語記憶では興味深いシグナルがありました.California Verbal Learning Test-IIのスコアは,プラセボ群で年間1.42点低下したのに対し,リチウム群では年間0.73点の低下でした.差は年間0.69点で,P値は0.05でした.ただし,これは複数の主要評価項目を設定した試験であり,事前に定めた有意水準には達していません.

このため,結果は「有望だが,確定ではない」と読むべきです.

また,海馬体積や皮質体積は両群で低下しましたが,治療群間の有意な差は認められませんでした.BDNFについても,有意な治療効果は示されませんでした.

アミロイド陽性者では効果が大きい可能性

この研究で特に注目されるのは,探索的解析です.

今回の試験では,当初からアルツハイマー病バイオマーカー陽性者だけを対象にしたわけではありません.つまり,MCIではあるものの,実際にはアルツハイマー病理を持たない人も含まれていた可能性があります.

論文では,Aβ陽性者に限ると,言語記憶や海馬体積に関する効果量がより大きい可能性が示されています[1].ただし,これは探索的解析であり,対象者数も少ないため,結論として扱うことはできません.

ここは非常に大切です.
MCIといっても,原因は一つではありません.アルツハイマー病によるMCIもあれば,血管性,うつ,睡眠障害,薬剤,その他の神経疾患によるものもあります.

もしリチウムがアルツハイマー病理に関わる経路を通じて作用するなら,対象を「MCI全体」ではなく,アミロイド陽性MCIに絞る方が効果を検出しやすい可能性があります.

この点は,今後の試験設計にとって非常に重要です.
現在は血液p-tau217などのバイオマーカーが発展しているため,今後の試験では,より効率的にアルツハイマー病理を持つMCIを選べるかもしれません.

安全性はどうだったのか

リチウムは,精神科領域では有効な薬ですが,高齢者では安全性に注意が必要です.腎機能,甲状腺機能,振戦,消化器症状,脱水,薬物相互作用などに気をつける必要があります.

今回の試験では,重篤な有害事象はリチウム群で12人,プラセボ群で9人にみられましたが,試験薬と明確に関連する重篤な有害事象はありませんでした.

よくみられた有害事象として,クレアチニン上昇, diarrhea,疲労,振戦などが報告されています.また,著者らは,高齢者では300 mg/日を超える用量の忍容性に難しさがあると述べ,今後の試験では150〜300 mg/日の範囲が望ましいとしています.

この点からも,リチウムは「市販サプリのように気軽に試すもの」ではありません.
医師の管理のもとで,血中濃度,腎機能,甲状腺機能などを確認しながら使う薬です.

この研究をどう読むべきか

この論文を読むときに大事なのは,過大評価しないことです.

この試験はパイロット試験です.
対象者は80人で,単施設研究です.
主要評価項目は達成していません.
アミロイド陽性者での効果は探索的解析です.

したがって,この研究をもとに,「MCIにはリチウムが効く」と言うのは不適切です.

一方で,過小評価もしすぎない方がよいと思います.
2年間の低用量リチウム試験が実施可能であること,安全性と忍容性が確認されたこと,言語記憶で有望なシグナルがあったこと,Aβ陽性者で効果量が大きい可能性が示されたことは,次の研究につながる重要な情報です.

特に,抗アミロイド抗体薬が高価で,点滴やMRIモニタリングを必要とするのに対し,リチウムは安価な経口薬です.もし将来,低用量リチウムが特定のMCI集団で有効と確認されれば,医療アクセスの面でも大きな意味を持つ可能性があります.

ただし,現時点ではまだその段階ではありません.

先行研究とのつながり

リチウムとMCIの研究は,今回が初めてではありません.

2019年には,Forlenzaらが健忘型MCIの高齢者61人を対象に,長期リチウム治療のランダム化試験を報告しています[2].この研究では,長期リチウム治療が認知・機能低下を抑え,AD関連CSFバイオマーカーにも影響する可能性が示されました.

さらに,2015年のメタ解析では,アルツハイマー病またはMCIを対象にしたリチウムのランダム化プラセボ対照試験を統合し,リチウムが認知機能低下を抑える可能性が検討されています[3].

ただし,これらの研究は規模が小さく,対象や用量,期間も異なります.そのため,現時点では「示唆はあるが,決定的ではない」という状態です.

今回のJAMA Neurology論文は,その流れの中で,低用量リチウムの大規模確認試験へ進むためのデータを与えた研究と位置づけられます.

なぜこの論文が面白いのか

この論文の面白さは,最新の高額なバイオ医薬品ではなく,古くからある薬を,現代のバイオマーカー時代に再評価している点です.

アルツハイマー病治療の未来は,必ずしも新規抗体薬だけで作られるわけではありません.
既存薬の再利用,低用量介入,生活習慣,血管リスク管理,バイオマーカーによる対象者選択など,さまざまな方法を組み合わせる必要があります.

リチウムは,その中で興味深い候補です.
安価で経口投与でき,長い使用経験があります.
一方で,安全域が狭く,高齢者では慎重な管理が必要です.

つまり,リチウムは「夢の薬」ではありません.
しかし,もし適切な対象者,適切な用量,適切なモニタリングが分かれば,アルツハイマー病予防・MCI進行抑制の一部として研究する価値はあります.

noteとしてのまとめ

2026年の JAMA Neurology 論文は,MCIの高齢者に対する低用量リチウムの2年間投与を検討したパイロットランダム化試験です[1].

結果として,6つの共主要評価項目はいずれも事前に設定された有意水準を満たさず,この試験だけで有効性は証明されませんでした.一方で,言語記憶の低下はリチウム群で小さい傾向があり,Aβ陽性者ではより大きな効果が示唆されました.

この研究は,リチウムをMCIにすぐ使うべきだと示すものではありません.
むしろ,低用量リチウムを,アミロイド陽性MCIに絞って,大規模に検証する価値があるかもしれないと示した研究です.

アルツハイマー病治療は,抗アミロイド抗体薬だけでは完結しません.
安価な経口薬,既存薬の再利用,バイオマーカーによる対象者選択,長期的な予防戦略も重要です.

リチウムは,その可能性を考えさせてくれる薬です.
ただし,自己判断で飲む薬ではありません.
腎機能や甲状腺機能への影響もあるため,必ず医師の管理下で検討されるべき薬です.

この論文が示したのは,答えではなく,次の問いです.

アミロイド陽性MCIの人に,低用量リチウムを長期投与すると,認知機能低下を本当に遅らせられるのか.

その答えは,今後のより大きな臨床試験を待つ必要があります.


参考文献

1.Gildengers AG, Ibrahim TS, Anderson SJ, et al. Low-Dose Lithium for Mild Cognitive Impairment: A Pilot Randomized Clinical Trial. JAMA Neurol. 2026;83(4):310-319. doi:10.1001/jamaneurol.2026.0072. PMID: 41770546.
MCI高齢者80人を対象に,低用量リチウム炭酸塩またはプラセボを2年間投与したパイロットランダム化試験です.6つの共主要評価項目はいずれも事前設定の有意水準を満たしませんでしたが,言語記憶やAβ陽性者での探索的解析に有望なシグナルがみられました.

2.Forlenza OV, Radanovic M, Talib LL, Gattaz WF. Clinical and biological effects of long-term lithium treatment in older adults with amnestic mild cognitive impairment: randomised clinical trial. Br J Psychiatry. 2019;215(5):668-674. doi:10.1192/bjp.2019.76. PMID: 30947755.
健忘型MCIの高齢者61人を対象に,長期リチウム治療の効果を検討したランダム化試験です.長期治療によって認知・機能低下やAD関連CSFバイオマーカーに影響する可能性が示されました.

3.Matsunaga S, Kishi T, Annas P, Basun H, Hampel H, Iwata N. Lithium as a Treatment for Alzheimer’s Disease: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Alzheimers Dis. 2015;48(2):403-410. PMID: 26402004.
アルツハイマー病およびMCIを対象としたリチウムのランダム化プラセボ対照試験を統合したメタ解析です.小規模研究が中心であり,さらなる大規模試験の必要性が示されています.