アルツハイマー病というと,多くの場合は,もの忘れが目立つようになってから診断される病気,という印象が強いと思います.

同じ話を何度も聞く.
予定を忘れる.
財布や鍵の置き場所が分からなくなる.
家族が「最近少し変だな」と感じる.

こうした変化が出てきて,初めて病院を受診することが多いと思います.

でも,アルツハイマー病の研究では,かなり前から分かってきたことがあります.

それは,症状が出たときに病気が始まるわけではない,ということです.

脳の中では,もの忘れとして見えるずっと前から,アミロイドβが蓄積し,その後にタウや神経変性,脳萎縮,代謝低下,認知機能低下が少しずつ進んでいきます.

では,この病気の流れを,症状が出る前から捉えることはできるのでしょうか.
そして,もし捉えられるなら,症状が出る前に治療することはできるのでしょうか.

この問いに向き合ってきた研究者の一人が,Washington University School of MedicineのEric McDade先生です.

McDade先生の研究を一言で言うなら,アルツハイマー病を発症前から追跡し,その知識を予防試験につなげる研究だと思います.

特に重要なのが,DIAN,Dominantly Inherited Alzheimer Networkです.
DIANは,常染色体優性アルツハイマー病,DIADの家系を対象とした国際研究ネットワークです.
DIADは,APP,PSEN1,PSEN2などの病的変異によって起こる,まれな遺伝性アルツハイマー病です.

DIADはアルツハイマー病全体から見ると少数ですが,研究上とても重要な特徴があります.
それは,家系ごとに発症年齢がある程度予測しやすいことです.

一般的な孤発性アルツハイマー病では,ある人が何歳ごろに発症するかを正確に予測することは難しいです.
しかしDIADでは,家系内の発症年齢や原因変異の情報をもとに,発症までの年数を推定できます.

この推定発症年齢を基準にすると,症状が出る25年前,20年前,10年前,5年前,発症後というように,病気の進行を時間軸に沿って見ることができます.

McDade先生が第一著者として2018年に発表したNeurology論文は,まさにこの時間軸を縦断データで検証した代表的な研究です[1].

この研究では,DIAN参加者217人を対象に,臨床評価,認知機能,脳脊髄液バイオマーカー,神経画像を縦断的に評価しました.
平均訪問回数は2.7回でした.
解析では,変異保因者と非保因者を比較しながら,推定発症年齢に対して各バイオマーカーがどの順番で変化するのかを調べています.

結果として,最も早く変化したのはアミロイド関連指標でした.
βアミロイド関連の測定値は,推定発症年齢の約25年前から変化し始めるとされました.
その後,約7〜10年遅れて皮質代謝の低下が現れ,さらにその後に認知機能低下や海馬萎縮が続くという時間的な流れが示されました.

これは,とても重要な結果です.

アルツハイマー病は,ある日突然,もの忘れとして始まるわけではありません.
そのずっと前から,脳の中ではアミロイドの変化が起こり,その後に下流の病理が進み,最後に臨床症状として見えてくるのです.

この研究の重要性は,単に「アミロイドが早く変わる」と示したことだけではありません.
縦断データによって,病気の進行を「時間の流れ」として捉えた点にあります.

この時間軸は,治療試験を考えるうえでとても重要です.

なぜなら,治療の効果は,いつ始めるかによって大きく変わる可能性があるからです.
神経細胞の障害がかなり進んでから治療しても,症状を大きく戻すことは難しいかもしれません.
一方で,アミロイドが蓄積し始める早い段階で介入すれば,下流のタウ病理や神経変性を遅らせられるかもしれません.

この発想を実際の臨床試験にしたのが,DIAN-TUです.
DIAN-TUは,Dominantly Inherited Alzheimer Network Trials Unitの略で,DIADを対象とした国際的な治療試験プラットフォームです.

2021年にNature Medicineに発表されたDIAN-TU試験では,gantenerumabまたはsolanezumabを用いて,DIAD変異保因者に対する抗アミロイド治療が検証されました[2].
この試験では,症状がない段階から軽度認知症の段階までの参加者が対象となり,変異保因者は薬剤またはプラセボに割り付けられ,4〜7年間治療を受けました.

参加者数は,gantenerumab群52人,solanezumab群52人,プラセボ群40人でした.
主要評価項目は認知機能エンドポイントで,副次評価項目として臨床評価,認知機能,画像,脳脊髄液バイオマーカーなどが含まれていました.

結果として,gantenerumabもsolanezumabも,認知機能低下を有意に抑制することはできませんでした.

ここだけを見ると,試験はネガティブだったように見えます.
実際,主要評価項目では成功しませんでした.

しかし,この試験はそれで終わるものではありませんでした.

gantenerumab群では,アミロイドプラークが有意に減少し,脳脊髄液total tauやp-tau181も低下し,NfLの上昇も抑えられました.
つまり,臨床症状の抑制は明確に示されなかった一方で,病態バイオマーカーには下流への影響が示されていたのです.

この結果は,とても複雑です.

アミロイドを下げることはできた.
タウや神経変性関連のバイオマーカーにも影響があった.
でも,認知機能の改善や低下抑制は主要評価項目としては示されなかった.

このような結果を見ると,アルツハイマー病治療では,薬剤そのものだけでなく,投与量,投与期間,治療開始時期,対象者の病期,エンドポイント設定が非常に重要であることが分かります.

特にDIADでは,発症前からアミロイド病理が始まります.
もし症状が出るころにはすでに下流の神経変性が進んでいるなら,もっと早く,もっと長く治療する必要があるかもしれません.

その問いにさらに踏み込んだのが,2025年にLancet Neurologyに発表された長期gantenerumab治療の非盲検延長試験です[3].

この研究では,DIAN-TU-001の二重盲検試験に参加した人を対象に,gantenerumabの長期投与を行いました.
投与量は,皮下注で最大1500 mgを2週ごとに投与する設計でした.
非盲検延長試験は,オーストラリア,カナダ,フランス,アイルランド,プエルトリコ,スペイン,英国,米国の18施設で実施されました.

74人がリクルートされ,73人が登録されてgantenerumabを受けました.
主要解析のmodified intention-to-treat集団は55人でした.

この研究で注目されたのは,アミロイドをどれだけ長く,どれだけ十分に除去できるかです.
最終解析では,3年時点でPiB-PET SUVRが調整平均で−0.71低下していました.
これはp<0.0001で,有意なアミロイドプラーク減少を示しています.

臨床的には,無症候性変異保因者におけるCDR-SBの臨床的悪化について,中間解析でハザード比が0.79でした.
さらに,最も長くgantenerumabを受けた群では,ハザード比が0.53でした.
ただし,95%信頼区間はそれぞれ0.47〜1.32,0.27〜1.03であり,統計的に確実な結論とは言えません.

それでも,この結果は重要な示唆を持っています.

短期間あるいは不十分なアミロイド除去では,臨床効果は明確ではないかもしれません.
しかし,長期間にわたって十分にアミロイドを除去できれば,発症や進行を遅らせる可能性があるかもしれません.

一方で,安全性も重要です.
この研究では,amyloid-related imaging abnormalities,ARIAが53%に認められました.
内訳として,微小出血が47%,浮腫が30%,症候性ARIAが6%でした.
治療関連の大出血や死亡は報告されていません.

この数字は,抗アミロイド抗体治療を考えるうえで非常に大切です.

アミロイドを除去することには,利益の可能性があります.
しかし,同時にARIAのようなリスクもあります.
特に,症状がない人に長期間治療を行う場合,利益とリスクのバランスをより慎重に考えなければなりません.

この点で,McDade先生の研究はとても現実的です.
単に「アミロイドを取ればよい」と言っているわけではありません.
いつ介入するのか.
どのくらいの期間介入するのか.
どのバイオマーカーを見ればよいのか.
どのリスクを許容できるのか.
そして,臨床症状の発症を本当に遅らせられるのか.

これらを,DIADという特別な集団で,実際の臨床試験として検証しています.

さらに,2026年にはDIAN Obsの15年総括論文も発表されています[4].
この論文では,DIAN Obsが15年以上にわたり,遺伝,臨床,認知機能,画像,脳脊髄液,血液などのデータを蓄積してきたことがまとめられています.
DIAN Obsは,APP,PSEN1,PSEN2変異を持つ家系を対象に,発症前から発症後までの自然歴を追跡する国際縦断コホートです.

この研究基盤があるからこそ,DIAN-TUのような予防試験が可能になります.

自然歴が分からなければ,治療効果も分かりません.
症状が出る前にどのバイオマーカーが変わるのかを知らなければ,試験対象者を選べません.
どの時期にどのエンドポイントを見るべきか分からなければ,臨床試験を設計できません.

つまり,DIAN ObsとDIAN-TUは,別々の研究ではなく,つながっています.

DIAN Obsが病気の時間軸を明らかにする.
DIAN-TUがその時間軸を使って治療介入を試す.
その結果から,さらに次の予防試験の設計が改善される.


アルツハイマー病治療は,いま大きく変わっています.

抗アミロイド抗体薬が登場し,早期アルツハイマー病では疾患修飾治療が現実になりつつあります.
しかし,まだ多くの課題があります.

いつ治療を始めるべきか.
どの人に治療すべきか.
どのくらい治療を続けるべきか.
どのバイオマーカーで効果を判定すべきか.
症状がない人に治療する場合,安全性をどう考えるべきか.

DIAD研究は,これらの問いに答えるための重要なモデルです.

DIADはまれな病気ですが,発症時期をある程度予測できるため,発症前介入を検証しやすいという特徴があります.
そして,アミロイドとタウを中心とした病態は,孤発性アルツハイマー病とも重なる部分があります.
そのため,DIADで得られた知見は,より一般的なアルツハイマー病の予防戦略にもつながる可能性があります.

もちろん,DIADと孤発性アルツハイマー病は同じではありません.
DIADは単一遺伝子変異によって発症し,若年発症が多いです.
一方で,高齢発症の孤発性アルツハイマー病は,年齢,APOE,血管リスク,炎症,生活習慣,併存病理など,さまざまな要因が関係します.

そのため,DIADで示された結果をそのまますべての人に当てはめることはできません.

それでも,DIAD研究には大きな意味があります.

なぜなら,アルツハイマー病を「症状が出た後に治療する病気」から,「発症前から病態を捉え,介入を考える病気」へと変える可能性を示しているからです.


2018年の縦断バイオマーカー研究では,発症前からどのように病気が進むのかを示しました[1].
2021年のDIAN-TU試験では,抗アミロイド治療がバイオマーカーを変える一方で,認知機能への効果を示すことの難しさを明らかにしました[2].
2025年の長期gantenerumab研究では,十分に長くアミロイドを除去することで,発症や進行を遅らせる可能性がある一方,安全性と試験デザインの課題も示しました[3].
そして2026年のDIAN Obs総括論文は,このような研究を支える長期縦断コホートの価値を示しています[4].


早く見つける.
時間軸で理解する.
バイオマーカーで病態を捉える.
発症前に介入する.
そして,治療の利益とリスクを実際の臨床試験で検証する.

アルツハイマー病を「診断された後の病気」としてだけ見るのではなく,
「発症する前から進んでいる病気」として見る.

そして,その前段階に治療を届けようとする.

もちろん,発症前治療は簡単ではありません.
症状がない人に治療するには,より高い安全性が求められます.
長期間の治療が必要になる可能性があります.
誰を対象にするのか,どの時点で始めるのか,どのように効果を判定するのかも難しい問題です.

それでも,この方向に進まなければ,アルツハイマー病の本当の予防には近づけないのかもしれません.

病気が進んでから止めるのではなく,
病気が始まった早い段階で止める.
あるいは,症状が出る前に遅らせる.

そのためには,長期縦断研究と予防試験の両方が必要です.


アルツハイマー病は,ある日突然始まる病気ではありません.
だからこそ,治療も「症状が出てから」だけでは足りないのかもしれません.

発症前から病気を理解し,
発症前から治療の可能性を考える.

その未来に向けて,DIANとDIAN-TUは大きな手がかりを与えてくれています.

参考文献

[1] McDade E, Wang G, Gordon BA, Hassenstab J, Benzinger TLS, Buckles V, et al. Longitudinal cognitive and biomarker changes in dominantly inherited Alzheimer disease. Neurology. 2018;91(14):e1295-e1306. doi:10.1212/WNL.0000000000006277. PMID: 30217935.

[2] Salloway S, Farlow M, McDade E, Clifford DB, Wang G, Llibre-Guerra JJ, et al.; Dominantly Inherited Alzheimer Network-Trials Unit. A trial of gantenerumab or solanezumab in dominantly inherited Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2021;27(7):1187-1196. doi:10.1038/s41591-021-01369-8. PMID: 34155411.

[3] Bateman RJ, Li Y, McDade EM, Llibre-Guerra JJ, Clifford DB, Atri A, et al.; Dominantly Inherited Alzheimer’s Disease-Trials Unit. Safety and efficacy of long-term gantenerumab treatment in dominantly inherited Alzheimer’s disease: an open-label extension of the phase 2/3 multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled platform DIAN-TU trial. Lancet Neurology. 2025;24(4):316-330. doi:10.1016/S1474-4422(25)00024-9. PMID: 40120616.

[4] Daniels AJ, McDade E, Llibre-Guerra JJ, Xiong C, Perrin RJ, Ibanez L, et al. 15 years of longitudinal genetic, clinical, cognitive, imaging, and biochemical measures in DIAN. npj Dementia. 2026;2:13. doi:10.1038/s44400-025-00047-7. PMID: 41709913.