アルツハイマー病というと,どうしてもアミロイドβとタウに注目しがちです.
もちろん,それはとても重要です.
アルツハイマー病の診断や治療開発は,Aβ42,total tau,phosphorylated tau,アミロイドPET,タウPETといったバイオマーカーによって大きく進んできました.
でも,実際の臨床では,神経変性疾患はそれほどきれいに分かれていません.
アルツハイマー病と診断された人に,レビー小体病理やTDP-43病理が重なっていることがあります.
レビー小体型認知症では,αシヌクレインだけでなく,アミロイドやタウの病理が重なることがあります.
パーキンソン病でも,認知機能低下をきたす人がいます.
前頭側頭型認知症も,臨床症状だけではアルツハイマー病と鑑別が難しいことがあります.
つまり,神経変性疾患は,病名では分かれていても,病態としては重なり合っています.
今回紹介する論文は,その重なりと違いを,タンパク質のレベルで見ようとした研究です[1].
論文のタイトルは,Large-scale CSF and plasma proteomics reveal immune, synaptic, and extracellular matrix disruptions across neurodegenerative diseases です.
2026年に Neuron に発表された研究で,Carlos Cruchaga先生が最終著者です.
この研究が対象にしたのは,アルツハイマー病,パーキンソン病,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症の4疾患です.
そして,脳脊髄液と血漿の両方を用いて,疾患特異的なタンパク質変化と,複数疾患に共通するタンパク質変化を調べています.
研究規模はかなり大きいです.
解析されたサンプルは,脳脊髄液が2705検体,血漿が3009検体です.
さらに,Global Neurodegeneration Proteomics Consortium,GNPCの血漿データを外部検証に用いています.
脳脊髄液データでは,アルツハイマー病が1157例,レビー小体型認知症が37例,前頭側頭型認知症が46例,パーキンソン病が739例,対照が726例でした.
血漿データでは,アルツハイマー病が1123例,レビー小体型認知症が122例,前頭側頭型認知症が42例,パーキンソン病が779例,対照が943例でした.
外部検証に用いたGNPC血漿データでは,アルツハイマー病が1939例,前頭側頭型認知症が62例,パーキンソン病が2059例,対照が4270例でした.
この規模感が,この論文の大きな強みです.
神経変性疾患のプロテオミクス研究は,これまでも数多く行われてきました.
ただ,多くはアルツハイマー病だけ,あるいはパーキンソン病だけ,というように一つの疾患を中心に解析したものでした.
でも,一つの疾患だけを見ていると,そのタンパク質変化が本当に疾患特異的なのか,それとも神経変性全体に共通する変化なのかが分かりにくいです.
今回の研究では,AD,PD,DLB,FTDを同じ枠組みで比較しています[1].
そのため,病気ごとの違いだけでなく,神経変性疾患に共通する分子変化も見えてきます.
まず,脳脊髄液で7000以上のタンパク質アプタマーが解析されました.
ここでいうアプタマーとは,特定のタンパク質に結合するように設計された短いDNAやRNAの分子です.抗体のように標的タンパク質を捕まえる役割を持ちますが,タンパク質ではなく核酸でできています.この研究では,SomaScanというアプタマーを用いたプロテオミクス技術により,脳脊髄液と血漿中の多数のタンパク質を同時に測定しています.そのため,「7000以上のアプタマーを解析した」という表現は,「7000以上の測定プローブを使ってタンパク質を調べた」という意味に近く,1つのタンパク質に複数のアプタマーが対応することもあります.
その結果,FDR < 0.05で有意に疾患と関連したタンパク質アプタマーは,アルツハイマー病で4425,レビー小体型認知症で2862,前頭側頭型認知症で3873,パーキンソン病で370でした.
この数字を見るだけでも,疾患によって脳脊髄液プロテオームの変化の広がりがかなり違うことが分かります.
アルツハイマー病,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症では,非常に多くのタンパク質変化が検出されています.
一方で,パーキンソン病では有意に関連したタンパク質アプタマーが370と,ほかの3疾患より少なくなっています.
これは,パーキンソン病で脳脊髄液に反映される変化が少ないという単純な話ではなく,対象集団,疾患ステージ,病態の局在,測定プラットフォーム,臨床診断のばらつきなども関係している可能性があります.
ただ,少なくともこのデータでは,CSFプロテオームの疾患関連シグナルは,AD,DLB,FTDでより広範でした.
特にアルツハイマー病では,4425のアプタマー,4047のユニークタンパク質がCSFで有意に関連していました.
さらに,そのうち83%は既報の大規模研究で報告されていたものだったとされています.
これは重要です.
大規模プロテオミクスでは,多数のタンパク質が見つかる一方で,それが再現性のある結果なのかが問題になります.
この研究では,既報研究との比較を行い,AD関連CSFタンパク質の多くが過去の知見と一致していることを示しています.
たとえば,Tijmsらの質量分析ベースのCSFプロテオミクス研究と比較すると,今回のAD関連4047ユニークタンパク質のうち682タンパク質が共通して測定されていました.
その682タンパク質のうち,492タンパク質,つまり72%で効果方向が一致していました.
さらに,226タンパク質,46%がnominal associationを示し,176タンパク質,36%が外部研究でもFDR補正後に有意でした.
効果量の相関も強く,Pearson’s r² = 0.64,p < 2.4 × 10^-78 と報告されています[1].
また,アルツハイマー病のA/Tステータス,つまりA+T+とA−T−を使った感度分析でも,主解析と強い一致がありました.
全タンパク質では効果量相関が r² = 0.80,p < 3.0 × 10^-300,方向一致率は82%でした.
FDR有意タンパク質に限定すると,r² = 0.86,p < 3.0 × 10^-300,方向一致率は91%まで上がっています.
この部分は,かなり専門的ですが,とても大切です.
つまり,この研究で見つかったAD関連CSFプロテオーム変化は,単なる臨床診断との比較だけではなく,A/Tバイオマーカーステータスとも整合しており,既報の質量分析ベース研究ともかなり再現性があるということです.
次に重要なのは,脳脊髄液と血漿の違いです.
この研究では,脳脊髄液の方が血漿よりも多くの疾患関連タンパク質を検出していました.
これは,ある意味では予想通りです.
脳脊髄液は中枢神経に近く,神経細胞,グリア,シナプス,細胞外マトリックス,炎症などの脳内変化をより直接的に反映しやすいからです.
一方で,血漿は全身の影響を強く受けます.
肝臓,腎臓,免疫,代謝,血管,感染,薬剤,栄養状態など,さまざまな要素が混ざります.
そのため,血漿プロテオームから脳の変化を読むには,ノイズが多いとも言えます.
しかし,この研究で面白いのは,血漿にも十分な疾患情報が含まれていたことです.
疾患特異的な予測モデルでは,CSFでAUC 0.81から0.95,血漿でAUC 0.80から0.89と報告されています.
つまり,CSFの方が中枢神経の病態をより豊富に反映している一方で,血漿プロテオームでも疾患分類に使える情報がかなり含まれていたということです.
これは,臨床応用を考えるうえで大きな意味があります.
脳脊髄液検査は有用ですが,腰椎穿刺が必要です.
患者さんへの負担がありますし,実施できる施設も限られます.
一方で,血液検査であれば,より広く行うことができます.
もし血漿プロテオームからAD,PD,DLB,FTDをある程度分類できるようになれば,スクリーニング,鑑別診断,臨床試験の組み入れ,疾患サブタイプ分類に使える可能性があります.
ただし,ここで注意が必要です.
AUCが高いからといって,そのまま臨床診断に使えるという意味ではありません.
臨床では,疾患の有病率,検査前確率,合併病理,年齢,薬剤,腎機能,炎症,測定施設間差などを考える必要があります.
この研究は,すぐに検査として完成したというよりも,血液とCSFのプロテオームに疾患を見分ける情報が含まれていることを示した研究だと思います.
次に,この研究の中身として最も重要なのが,経路解析です.
この論文のタイトルにも,immune,synaptic,extracellular matrixという言葉が入っています.
つまり,単に「どのタンパク質が上がったか,下がったか」ではなく,それらのタンパク質がどの生物学的経路に属するのかを見ています.
4疾患に共通していたのは,免疫関連プロセスの異常です.
これは,AD,PD,DLB,FTDという異なる神経変性疾患でも,免疫や炎症の変化が共通の基盤として存在する可能性を示しています.
これは,神経変性疾患の見方を少し変える結果だと思います.
神経変性疾患というと,神経細胞が変性していく病気,という印象があります.
でも実際には,神経細胞だけではなく,ミクログリア,アストロサイト,血管,細胞外マトリックス,シナプス,補体系,サイトカイン,代謝系が関係しています.
今回の研究では,免疫の異常が複数疾患に共通しており,さらにシナプス機能や細胞外マトリックスの変化も神経変性疾患横断的に見えてきています.
一方で,疾患ごとの特徴も明確でした.
アルツハイマー病では,glycosylation,つまり糖鎖修飾に関連する経路と,apoptotic pathway,つまりアポトーシス関連経路の障害が特徴的でした.
糖鎖修飾は,タンパク質の安定性,細胞間認識,免疫応答,シナプス機能,細胞外マトリックスとの相互作用に関係します.
アポトーシスは細胞死に関わる経路です.
この結果は,ADをアミロイドとタウだけでなく,タンパク質修飾,細胞死,免疫,細胞外環境の異常として捉える必要があることを示しています.
パーキンソン病では,ATF4とPERK signalingが特徴的でした.
ATF4とPERKは,小胞体ストレスやunfolded protein responseに関わる経路です.
タンパク質の折りたたみがうまくいかないと,細胞は小胞体ストレス応答を起こします.
パーキンソン病ではαシヌクレインの凝集が重要ですが,今回の結果は,タンパク質恒常性や細胞内ストレス応答の破綻が,PDのプロテオームシグネチャーとして見えている可能性を示しています.
レビー小体型認知症では,FGFR signalingとinterleukin signalingが特徴的でした.
FGFRは細胞の成長,分化,修復,神経細胞やグリアの機能に関わるシグナルです.
interleukin signalingは免疫・炎症に関わります.
DLBはαシヌクレイン病理を中心としながら,AD病理も重なりやすい疾患です.
そのため,炎症や成長因子シグナルがDLBの分子特徴として見えてきたことは,ADとの重なりと違いを考えるうえで興味深いです.
前頭側頭型認知症では,glycoprotein hormonesに関わる経路の異常が示されました.
FTDは,tau,TDP-43,FUSなど病理学的にも多様な疾患です.
今回のサンプル数はCSFで46例,血漿で42例と大きくはありませんが,それでも疾患特異的なプロテオーム変化が見えている点は重要です.
この研究の面白さは,「共通する経路」と「疾患特異的な経路」の両方を示しているところです.
共通するのは,免疫,炎症,シナプス,細胞外マトリックスのような,神経変性疾患全体に関わる可能性のある経路です.
一方で,ADでは糖鎖修飾とアポトーシス,PDではATF4/PERK,DLBではFGFRとインターロイキン,FTDでは糖タンパクホルモンというように,疾患ごとの違いも見えています.
つまり,神経変性疾患は,すべてが同じ方向に壊れていく病気ではありません.
同じ土台を共有しながら,疾患ごとに異なる分子経路が強く出ている,という見方ができます.
この考え方は,これからの治療開発にもつながります.
たとえば,ADでは抗アミロイド抗体薬が登場しています.
しかし,同じADと診断される人の中にも,免疫・炎症が強い人,シナプス障害が強い人,細胞外マトリックスの変化が強い人,TDP-43やレビー小体病理が重なる人がいるかもしれません.
そのような場合,アミロイドだけを見ていても,その人の病態全体を捉えきれない可能性があります.
プロテオーム解析は,こうした病態の「層」を見るための方法になりえます.
また,ADとDLBが最も強いcross-tissue similarityを示したという点も重要です.
つまり,CSFと血漿をまたいだ分子類似性で見ると,ADとDLBが近い関係にあったということです[1].
これは臨床的にもよく理解できます.
DLBでは,αシヌクレイン病理に加えて,アミロイドやタウ病理を合併することがあります.
また,ADでもレビー小体病理を合併することがあります.
臨床症状だけでADとDLBを区別するのが難しいこともあります.
このような疾患間の近さが,タンパク質レベルでも見えているということです.
一方で,近いからこそ,両者を分ける疾患特異的なプロテオームシグネチャーを見つけることが重要になります.
この論文は,Carlos Cruchaga先生らしい研究だと思います.
Cruchaga先生の研究は,単一のバイオマーカーだけを見るのではなく,遺伝学,ゲノミクス,プロテオミクス,複数組織,複数疾患,大規模コホートを組み合わせる点に特徴があります.
過去にも,脳,CSF,血漿のプロテオミクスを統合し,孤発性ADと遺伝性ADを区別する分子シグネチャーを調べた研究があります[2].
また,GNPCの血漿プロテオミクスを用いて,AD,PD,FTDの共通経路と疾患特異的経路を解析したNature Medicineの研究もあります[3].
今回のNeuron論文は,その流れをさらに進めています.
血漿だけでなくCSFを加え,AD,PD,DLB,FTDを横断的に比較し,疾患特異的タンパク質,疾患共通タンパク質,予測モデル,経路解析を組み合わせています[1].
これは,神経変性疾患を「病名」ではなく,「分子ネットワーク」として見る研究です.
これまでの診療では,認知症を症状と画像で分類してきました.
近年は,Aβ,tau,neurodegenerationという枠組みで,アルツハイマー病を生物学的に定義する方向に進んでいます[4].
そして今後は,さらにその先として,免疫,シナプス,細胞外マトリックス,糖鎖修飾,ストレス応答,細胞死といった多層的な分子情報を組み合わせて,病態を理解する時代になるかもしれません.
この研究は,その方向性を示しています.
もちろん,限界もあります.
まず,DLBとFTDのサンプル数は,ADやPDに比べて少ないです[1].
CSFではDLBが37例,FTDが46例です.
このため,DLBやFTDの疾患特異的経路については,今後さらに大きなコホートでの再現が必要です.
また,診断は主に臨床診断に基づいています.
神経変性疾患では,臨床診断と剖検病理が完全に一致しないことがあります.
特にADとDLBのように病理が重なりやすい疾患では,臨床診断だけで分類すると,分子シグネチャーにも混合病理の影響が入る可能性があります.
さらに,血漿プロテオームは全身状態の影響を受けます.
血液中のタンパク質が脳由来なのか,末梢由来なのかを慎重に考える必要があります.
ただし,だからこそCSFと血漿を同時に見る今回のデザインには意味があります.
CSFで見える中枢神経に近い変化と,血漿で見える全身性あるいは末梢からアクセスしやすい変化を比較することで,どのシグナルが本当に疾患を反映しているのかを考えやすくなります.
この研究の一番大きなメッセージは,神経変性疾患を一つずつ孤立して見るのではなく,横断的に見ることの重要性だと思います.
アルツハイマー病だけを見ていると,ADに特異的に見える変化が,実は神経変性全体に共通する変化かもしれません.
逆に,複数疾患を並べて比較することで,本当にADらしい変化,PDらしい変化,DLBらしい変化,FTDらしい変化が見えてきます.
これは,個別化医療にもつながります.
将来的には,患者さんを診たときに,
「この人はADです」
と一言で終わるのではなく,
「この人はAβ陽性で,tauも高く,免疫関連シグナルが強い」
「この人はAD病理に加えてDLBに近いプロテオームを持っている」
「この人はシナプス関連タンパク質の低下が目立つ」
「この人は細胞外マトリックスや炎症系の変化が強い」
というように,より細かく病態を理解できる時代が来るかもしれません.
そのためには,単一のバイオマーカーだけでは足りません.
Aβやp-tauは重要ですが,それだけで神経変性疾患の全体像を説明することはできません.
プロテオミクスは,その足りない部分を埋める方法になる可能性があります.
この論文は,すぐに明日から使える診断検査を作った研究ではありません.
でも,神経変性疾患を分子レベルで分類し,疾患共通経路と疾患特異的経路を同時に見ようとした点で,非常に重要です.
特に,CSFと血漿の両方を用いたこと,AD・PD・DLB・FTDを横断的に比較したこと,7000以上のタンパク質アプタマーを解析したこと,疾患予測モデルでCSF AUC 0.81–0.95,血漿 AUC 0.80–0.89を示したことは,この研究の強いメッセージだと思います.
認知症を,症状だけで見るのではなく,
病名だけで見るのでもなく,
タンパク質のネットワークとして見る.
その視点が,これからの認知症研究と個別化医療にとって,ますます重要になると思います.
参考文献
[1] Ali M, Timsina J, Xu Y, Chen Y, Gong K, Western D, Heo G, Liu M, Budde J, Pottier C, Schindler SE, Morris JC, Holtzman DM, et al. Large-scale CSF and plasma proteomics reveal immune, synaptic, and extracellular matrix disruptions across neurodegenerative diseases. Neuron. 2026 Mar 30:S0896-6273(26)00140-6. doi:10.1016/j.neuron.2026.02.035. PMID: 41916283; PMCID: PMC13052424.
[2] Sung YJ, Yang C, Norton J, Johnson M, Fagan AM, Bateman RJ, Perrin RJ, Morris JC, Farlow MR, Chhatwal JP, Schofield PR, Chui H, Wang F, et al. Proteomics of brain, CSF, and plasma identifies molecular signatures for distinguishing sporadic and genetic Alzheimer’s disease. Science Translational Medicine. 2023;15(703):eabq5923. doi:10.1126/scitranslmed.abq5923. PMID: 37406134.
[3] Ali M, Erabadda B, Chen Y, Xu Y, Gong K, Liu M, Pichet Binette A, Timsina J, Western D, Yang C, Heo G, Vogel JW, Tijms BM, Krish V, Imam F, et al. Shared and disease-specific pathways in frontotemporal dementia and Alzheimer’s and Parkinson’s diseases. Nature Medicine. 2025;31(8):2567-2577. doi:10.1038/s41591-025-03833-1. PMID: 40665052.
[4] Blennow K, Zetterberg H. Biomarkers for Alzheimer’s disease: current status and prospects for the future. Journal of Internal Medicine. 2018;284(6):643-663. doi:10.1111/joim.12816. PMID: 30051512.