アルツハイマー病というと,普通は脳の病気だと考えます.
アミロイドβが脳にたまる.
タウが神経細胞の中で異常に変化する.
神経炎症が起こる.
シナプスが傷つく.
そして,記憶や生活機能が少しずつ低下していく.
これは,現在のアルツハイマー病研究の中心的な理解です.
実際,アミロイドPET,タウPET,脳脊髄液バイオマーカー,血液p-tau217などによって,アルツハイマー病は脳内病理を生物学的に捉える方向へ進んでいます.
でも最近,もう一つ別の視点が注目されています.
それが,腸内細菌 です.
腸内細菌と脳は,一見遠いように見えます.
しかし,腸と脳は,免疫,代謝物,自律神経,ホルモン,炎症,血液脳関門などを介してつながっています.
この関係は,microbiota–gut–brain axis,つまり腸内細菌叢・腸・脳軸と呼ばれます.
今回紹介する論文は,この腸内細菌叢が,アルツハイマー病のどの段階から変わるのかを,大規模なメタゲノム解析で調べた研究です.
2025年に Molecular Psychiatry に発表された “Metagenomic analysis characterizes stage-specific gut microbiota in Alzheimer’s disease” です[1].
この研究のポイントは,単に「AD患者と健常者で腸内細菌が違うか」を見たことではありません.
もっと細かく,AD病理の進行段階に沿って,腸内細菌叢がどのように変わるのかを調べています.
対象は,中国のコホートから集められた476人です.
研究チームは,糞便ショットガンメタゲノム解析を行いました.
ショットガンメタゲノム解析とは,糞便中に含まれる微生物由来DNAを広く読み取る方法です.
16S rRNA解析よりも解像度が高く,どの菌がいるかだけでなく,どのような遺伝子機能を持っているかも評価しやすいという特徴があります.
つまり,この研究では,腸内細菌の「名前」だけでなく,腸内細菌が持つ「機能」も見ています.
この論文では,AD病理の5段階にわたって腸内細菌を調べています.
ADには,症状が出る前から長い病理学的期間があります.
アミロイドが先に蓄積し,その後タウ病理や神経変性,認知機能低下が進んでいくと考えられています.
そのため,腸内細菌がAD dementiaの段階で変わるのか,それとももっと早い段階から変わるのかは重要な問いです.
結果として,研究チームは,ADの進行に伴って広範な腸内細菌叢の乱れがあることを示しました.
特に,微生物種と微生物遺伝子ファミリーの10%以上が,AD進行中に有意に変化していました[1].
これはかなり大きな変化です.
腸内細菌叢の一部が少し変わっているというより,ADの進行に伴って,腸内環境全体の構成と機能が広く変化している可能性があります.
さらに重要なのは,この変化が,神経炎症や神経伝達物質の調節異常と関連していた点です.
腸内細菌は,短鎖脂肪酸,胆汁酸,アミノ酸代謝物,トリプトファン代謝物などを作ります.
これらは,免疫や炎症,血管機能,神経伝達に影響する可能性があります.
この研究では,AD進行に伴う腸内細菌叢の変化が,神経炎症や神経伝達物質の乱れとつながる可能性が示されています.
つまり,腸内細菌の変化は,単なる付随現象ではなく,脳の病態と関連する代謝・免疫ネットワークの一部かもしれません.
この分野は,これまでにも少しずつ発展してきました.
2017年のヒト研究では,AD患者の腸内細菌叢は,年齢や性別をそろえた対照者と比べて多様性が低く,構成が異なることが示されました.
具体的には,Firmicutesの低下,Bacteroidetesの増加,Bifidobacteriumの低下などが報告されています[2].
また,マウス研究では,腸内細菌がアミロイド病理に影響する可能性も示されてきました.
APPPS1マウスを無菌状態で飼育すると,通常の腸内細菌を持つマウスよりもAβアミロイド病理が減少し,さらにADモデルマウス由来の腸内細菌を移植するとAβ病理が増えることが報告されています[3].
さらに,ヒトの認知機能障害例では,脳アミロイド蓄積と炎症性の腸内細菌,末梢炎症マーカーとの関連も示されています[4].
つまり,腸内細菌,炎症,アミロイド病理が,何らかの形でつながっている可能性があります.
今回の2025年論文は,その流れをさらに進めています.
特徴は,ADを一つの診断群として扱うのではなく,病理の段階に沿って,腸内細菌の変化を見た点です.
この研究で特に面白いのは,腸内細菌の機能情報を使った診断モデルです。
研究チームは,微生物遺伝子ファミリーを使って,AD病理ステージを分類できるかを検討しました.
その結果,交差検証で平均AUC 0.80,独立外部検証でAUC 0.75という性能が示されました[1].
AUC 0.75〜0.80という数字は,血液p-tau217のような非常に高性能なADバイオマーカーには及びません.
しかし,糞便中の微生物遺伝子だけで,AD病理段階に関連する分類がある程度できるという点は興味深いです.
特に,最も識別に寄与した微生物遺伝子ファミリーは,糖質代謝,アミノ酸代謝,エネルギー代謝,糖鎖代謝,ビタミン代謝に関わるものが多いとされています。
これは,単に「ある菌が増えた,減った」という話ではありません.
ADの進行に伴って,腸内細菌が持つ代謝機能そのものが変わっている可能性があります.
ここで,最近のAD研究の流れともつながります.
アルツハイマー病は,アミロイドとタウの病気であると同時に,代謝の病気でもあります.
脳の糖代謝低下,脂質代謝異常,ミトコンドリア機能障害,炎症,糖鎖修飾などが注目されています.
腸内細菌叢は,これらの代謝や炎症に影響しうるため,AD病態の「外側からの入口」として考えられるかもしれません.
さらに研究チームは,in vitro gut simulatorを使って,stage-specific microbial gene familiesを検証しました.
これは,腸内環境を模した実験系で,ADステージ特異的に見られた微生物機能が再現されるかを確認するものです.
そして,最も踏み込んだ実験が,5xFADマウスへの糞便微生物移植です.
5xFADマウスは,アミロイド病理を強く示すADモデルマウスです.
研究チームは,腸内細菌を移植することで,5xFADマウスの認知機能低下の進行に影響が出るかを調べました。
その結果,腸内細菌叢が認知機能低下の進行に影響しうることが示されました[1].
これは,この論文の中でも重要な点です.
ヒトの横断的な腸内細菌解析だけなら,「ADの結果として腸内細菌が変わっただけではないか」と考えることもできます.
ADになると食事が変わる.
活動量が落ちる.
便秘が増える.
薬剤が増える.
介護環境が変わる.
その結果として腸内細菌が変わる可能性は十分あります.
しかし,マウスへの糞便移植で認知機能に影響が出るなら,腸内細菌叢が単なる結果ではなく,病態に影響を与える可能性が強まります.
もちろん,これはマウスモデルでの結果であり,人間で同じことが起きると断定することはできません。
それでも,腸内細菌がAD病態に機能的に関わる可能性を示す重要な実験です.
この流れは,腸内細菌を標的とする介入研究にもつながります.
たとえば,日本の研究では,Faecalibacterium prausnitziiの特定株がMCIで低下し,そのうちFp14やFp360といった株がADモデルマウスの認知機能障害を改善する可能性が示されています[5].
つまり,将来的には,腸内細菌叢を単なる診断マーカーとして見るだけでなく,介入標的として考える方向もありえます.
プロバイオティクス,プレバイオティクス,食事介入,糞便微生物移植,あるいは微生物代謝物を標的にする治療などです.
ただし,ここはかなり慎重に考える必要があります.
腸内細菌叢は非常に複雑です.
ある菌が多いから良い,少ないから悪い,という単純な話ではありません.
同じ菌種でも株によって機能が違います.
食事,薬剤,抗菌薬,便秘,年齢,地域,生活習慣,糖尿病,腎機能,免疫状態などに大きく左右されます.
また,腸内細菌の変化がADの原因なのか,結果なのか,あるいは両方なのかを分けるのは簡単ではありません.
特にヒト研究では,食事や薬剤などの交絡が大きな問題になります.
今回の論文でも,476人という比較的大きなコホートで詳細なメタゲノム解析を行っていますが,主に中国コホートであり,他の国や民族,食文化の違う集団で同じ結果が再現されるかは分かりません.
腸内細菌叢は地域差や食文化の影響を強く受けるため,日本人,高齢欧米人,多民族集団での検証が必要です.
さらに,糞便メタゲノムによる診断モデルも,すぐに臨床検査として使える段階ではありません.
AUC 0.75〜0.80は有望ですが,AD診断にはすでに血液p-tau217やAβ42/40,PET,CSFなど,より直接的なバイオマーカーがあります.
腸内細菌検査は,それらを置き換えるというより,病態理解や補助的リスク評価,介入標的探索に使われる可能性が高いと思います.
この論文の一番大事なメッセージは,腸内細菌でADを診断できる,というよりも,ADは脳だけで完結する病気ではないかもしれない という点だと思います.
脳内では,アミロイド,タウ,炎症,神経変性が進む.
その一方で,腸では,細菌叢の構成や代謝機能が変わる.
腸内細菌が作る代謝物や炎症シグナルが,免疫系や血管,血液脳関門を介して脳に影響する可能性がある.
逆に,ADによる生活習慣や食事,活動性の変化が腸内細菌を変える可能性もある.
つまり,腸と脳は双方向に関係しているかもしれません.
この視点は,認知症予防にも関係します.
現在,認知症予防では,血圧,糖尿病,運動,睡眠,難聴,うつ,社会的孤立,食事などが重要とされています.
これらの多くは,腸内細菌叢にも影響します.
食事内容,運動,睡眠,薬剤,代謝状態が変われば,腸内細菌も変わります.
したがって,腸内細菌叢は,生活習慣と脳病態をつなぐ一つの経路かもしれません.
もちろん,これはまだ仮説段階です.
でも,アルツハイマー病を脳の中だけでなく,全身の代謝・免疫・腸内環境の中で考えることは,これからますます重要になると思います.
この論文は,その意味でかなり面白い研究です.
476人という多段階ADコホートで,糞便ショットガンメタゲノム解析を行った.
AD進行に伴って,微生物種と遺伝子機能の10%以上が変化した.
微生物遺伝子ファミリーによる分類モデルは,交差検証で平均AUC 0.80,外部検証でAUC 0.75を示した.
識別に重要な機能は,糖質,アミノ酸,エネルギー,糖鎖,ビタミン代謝に関わっていた.
in vitro gut simulatorと5xFADマウスへの糞便移植実験により,腸内細菌叢が病態に機能的に関わる可能性も示した.
これらを合わせると,腸内細菌叢は,ADの早期から変化し,病態理解や将来の介入研究に役立つ可能性があります.
ただし,臨床的にはまだ慎重であるべきです.
現時点で,「この菌を増やせばADが予防できる」とは言えません.
「腸内細菌検査でADを診断できる」とも言えません.
「糞便移植でADを治療できる」と結論するのも早すぎます.
でも,腸内細菌叢がAD研究の周辺的な話題ではなく,病態とかなり深く関わる可能性があることは,今回の研究から見えてきます.
アルツハイマー病を,脳だけで見るのではなく,腸からも見る.
腸内細菌を,単なる消化の問題ではなく,免疫,代謝,炎症,神経機能とつながるシステムとして見る.
この視点は,これからのAD研究にとって重要になると思います.
腸内細菌は,アルツハイマー病の原因そのものではないかもしれません.
しかし,病気の進み方を変える環境因子の一つかもしれません.
あるいは,早期病態を反映する非侵襲的なサインかもしれません.
そして,将来的には,食事や微生物代謝を介した介入の入口になるかもしれません.
アルツハイマー病は,アミロイドとタウの病気です.
でも,同時に,免疫,代謝,血管,腸内環境の病気でもあるのかもしれません.
今回の論文は,そのことを改めて考えさせてくれる研究です.
参考文献
[1] Jia L, Ke Y, Zhao S, Liu J, Luo X, Cao J, Liu Y, Guo Q, Chen W-H, Chen F, ZIB Consortium, Wang J, Wu H, Ding J, Zhao X-M. Metagenomic analysis characterizes stage-specific gut microbiota in Alzheimer’s disease. Molecular Psychiatry. 2025;30:3951-3962. doi:10.1038/s41380-025-02973-7. PMID: 40164697.
[2] Vogt NM, Kerby RL, Dill-McFarland KA, Harding SJ, Merluzzi AP, Johnson SC, Carlsson CM, Asthana S, Zetterberg H, Blennow K, Bendlin BB, Rey FE. Gut microbiome alterations in Alzheimer’s disease. Scientific Reports. 2017;7:13537. doi:10.1038/s41598-017-13601-y. PMID: 29051531.
[3] Harach T, Marungruang N, Duthilleul N, Cheatham V, McCoy KD, Frisoni G, Neher JJ, Fåk F, Jucker M, Lasser T, Bolmont T. Reduction of Abeta amyloid pathology in APPPS1 transgenic mice in the absence of gut microbiota. Scientific Reports. 2017;7:41802. doi:10.1038/srep41802. PMID: 28176819.
[4] Cattaneo A, Cattane N, Galluzzi S, Provasi S, Lopizzo N, Festari C, Ferrari C, Guerra UP, Paghera B, Muscio C, Bianchetti A, Volta GD, Turla M, Cotelli MS, Gennuso M, Prelle A, Zanetti O, Lussignoli G, Mirabile D, Bellandi D, Gentile S, Belotti G, Villani D, Harach T, Bolmont T, Padovani A, Boccardi M, Frisoni GB; INDIA-FBP Group. Association of brain amyloidosis with pro-inflammatory gut bacterial taxa and peripheral inflammation markers in cognitively impaired elderly. Neurobiology of Aging. 2017;49:60-68. doi:10.1016/j.neurobiolaging.2016.08.019. PMID: 27776263.
[5] Ueda A, Shinkai S, Shiroma H, Taniguchi Y, Tsuchida S, Kariya T, Kawahara T, Kobayashi Y, Kohda N, Ushida K, Nishi M, Shinkai S, Kadoya M, Yamamoto M, Hattori M, Kimura I, Ohno H. Identification of Faecalibacterium prausnitzii strains for gut microbiome-based intervention in Alzheimer’s-type dementia. Cell Reports Medicine. 2021;2(9):100398. doi:10.1016/j.xcrm.2021.100398. PMID: 34622235.